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論説 建国記念の日を控へ 国の原点とあり方を顧み

令和2年02月10日付 2面

 今年も「国民の祝日に関する法律」(祝日法)において「建国をしのび、国を愛する心を養う」と定められてゐる二月十一日の「建国記念の日」がやってくる。
 戦前の宮中ではこの日、皇室祭祀令に基づき天皇陛下御親祭の紀元節祭が斎行されてゐたが、終戦後間もなく中断を余儀なくされた。さうした状況のもと、昭和天皇には思召しを以て臨時御拝として宮中三殿に御拝礼遊ばされ、さらに上皇陛下にも昭和天皇の大御心を継がせられ、平成二年から昨年まで三殿御拝に出御されてこられたのである。宮中における祭祀への思召し、その大御心のありがたさを改めて噛みしめたい。
 加へて、この日には初代・神武天皇を奉斎する奈良・橿原神宮で勅使参向のもと紀元祭が斎行されてゐるのをはじめ、神社本庁が参画する「日本の建国を祝う会」では都内で奉祝中央式典を挙行。各地の神社でも祭典が斎行され、また神社関係者参画のもと、さまざまな奉祝行事が執りおこなはれてゐる。



 神武天皇即位日に因む二月十一日の紀元節は、占領下の昭和二十三年に制定された祝日法による祝祭日の改変にともなって廃止された。その後、神社界の先人たちも力を注いだ「紀元節復活運動」が実を結び、昭和四十一年に「建国記念の日」として復活したのである。
 この「建国記念の日」の復活ののち、一時は政府後援の式典が首相参列のもと開催されることもあったが、残念ながら現在は杜絶。平成二十四年の衆議院議員選挙にあたり自由民主党は、政府主催で二月十一日の「建国記念の日」を祝ふ式典を開催するとの考へを示し、平成二十六年の奉祝中央式典において祝辞を述べた高村正彦自民党副総裁(当時)も、建国記念の日の式典のあり方について党内で議論を進める旨を述べてゐた。しかしながら、その後は具体的な進捗等が見られず、昨年の奉祝中央式典で祝辞を述べた萩生田光一自民党幹事長代行(当時)は、政府主催の式典開催などに触れることさへなかった。
 先人たちが「紀元節復活運動」にかけた情熱を顧みつつ、「建国記念の日」が、大御心を体しつつ国民挙って「建国をしのび、国を愛する心を養う」日となるやう切に願ふものである。



 新帝陛下御即位にともなふ昨年の即位礼・大嘗祭は内外共に大きな注目を集めた。もちろんさまざまな要因はあらうが、それは例へば、大嘗宮の一般参観に平成時の約四十四万人を大きく上回る七十八万二千人が訪れたことからも窺ひ知れる。そのやうななかで、わが国の神話伝承が今日まで受け継がれ、悠久の歴史が連綿と紡がれてきたことが、改めて浮き彫りとなったのではなからうか。
 また、いよいよ今年七月末に開幕の迫った東京オリンピックと引き続いてのパラリンピックに際しては、世界中から多くの人々が来日することとなる。各自治体などでもさまざまなイベント等が企画されてゐるやうだが、さうしたなかで世界における日本の存在について、それぞれが改めて意識させられることともならう。
 神話を今に伝へるわが国の歴史を再確認し、また、世界の中でのわが国の存在を考へるにあたり、原点たる「建国記念の日」を国民挙って奉祝し、神武創業の古を偲ぶことの意義を見つめ直したい。



 かつて、先人たちが紀元節復活運動を推進するにあたっては、それを阻止しようとする反対勢力が存在し、また平成時の大嘗祭に際しては、極左暴力集団によるテロ事件が相次いで各地の神社にも多大な被害があった。ただ今回の大嘗祭の状況に鑑みれば、現在はさうした戦後の極端なイデオロギーなどに縛られない世代も増えてゐるといへるのではなからうか。
 戦後の特定のイデオロギーをはじめ、偏狭なナショナリズムや盲目的なグローバリズムなどとは無縁に、皇室を中心とするわが国の歴史・伝統を真摯に考へるやうな土壌が形成されつつあるとすれば、より積極的な啓発活動こそが重要となってくるであらう。「建国記念の日」にあたり、日本の原点を顧み、そのあり方を再確認するやうな地道な取組みがさらに広範におこなはれることを大いに期待したい。

令和二年二月十日

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