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伊藤正敏著『アジールと国家』  中世社寺勢力めぐり 問題を指摘する試論

令和2年05月11日付 4面

 アジールといふ言葉を御存じだらうか。アジールは一般に「避難所」と訳出されるが、西洋では「神的な力によって空間、或いは人、或いは時間が不可侵の状態にある事」と解されてゐる。聊か解り辛い表現だが、例へば本邦の中世史上に於いても一部の有力な社寺が、世俗の権力を寄せないアジールと化してゐたことが知られてゐる。本書はこのアジール論を駆使して、中世の社寺勢力をめぐる既往の国家論の問題点を浮彫りにした劃期的試論である。

 そもそも中世の国家については、戦前に平泉澄博士が朝廷・幕府・社寺の三者鼎立を唱へられ、戦後はこの三者が支配者として、相互に王権を補完してゐたとする見方が根強い。しかし国家の一翼を担ったと目される社寺勢力についてその内実に目を向けると、中核となる構成員は行人や聖、或いは神人や山伏などの下僧・下層神官たちであり、彼らを「支配者」として位置付ける従来の学説には疑問があるといふ。

 夙に西洋のアジール論を本邦に紹介されたのは平泉澄博士であった。そのアジール研究が、博士の企図した国家論とは異なる社会像を描き出したことは素直に歓迎すべきであらう。博士もとい曽祖父もまた本書が世に出たことをきっと咲って下さることと思ふ。
〈本体1700円、筑摩書房刊。ブックス鎮守の杜取扱書籍〉
(金沢工業大学専任講師・平泉紀房)
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