文字サイズ 大小

杜に想ふ 土 八代 司

令和2年06月22日付 5面

 新型コロナウイルス感染症の早期終熄と国家安寧を祈願し、特別儀式「祇園御霊会」が旧暦の祭日にあたる六月十四日に神仏習合の形で執りおこなはれたのは実に明治維新以来のことと報じられた。これは平安時代の貞観年間に疫病が流行し、大地震や富士山の噴火などが相次いだことにより、貞観十一年に京の神泉苑で全国の国の数である六十六本の矛を立て、祇園社からの神輿を迎へて祈られ、これが今日の祇園祭となったとの由緒にもとづいて斎行されたもの。その御神徳で名高い祇園・八坂神社の神様に、全国での疫病退散の祈りを遙に捧げた。
 さて、邦画の主人公の名台詞「生まれも育ちも……」との挨拶口上ではないが、人にはそれぞれ郷土がある。自分自身、自宅裏を流れる川の水で産湯を使ひ、近所には保育園の時からの幼馴染がゐて、中学、高校と進むにつれて友人も増え、近郷近在の出身者ばかりのため土地勘もあり、今でも気心知れる間柄である。その後、大学に進んで親元を離れて学生寮に入った。入寮時の先輩方への自己紹介は、緊張もあって名前と学科名に出身地を言ふのが精いっぱいで、その後の会話は地元のことを訊ねられ、それを皮切りに話すのが常だった。いまでは懐かしい思ひ出だ。
 溢れる郷土愛が「お国自慢」となるのだが、「国はどこ」と訊ねたら「日本です」と答へられたとの笑ひ話を聞いたこともある。その故郷のことを強く意識するのは全国高等学校野球選手権大会、いはゆる「夏の甲子園」の時ではなからうか。炎天下、全国から参集した青々とした丸刈りで白球を追ふ姿はさはやかで、普段は野球に興味がないものの、母校ではないが出身県からの出場校を応援するのは私だけではないだらう。残念ながら今年はコロナ禍により中止となり、地方大会さへも開催されずに涙を流す球児の姿を観て、その思ひは察するに余りあるが、「甲子園の土」を入れたキーホルダーを球児に贈るとの報道に、阪神タイガース球団も実に粋なはからひをすると思った。
 さまざまな行事が中止となり、況や全国の名立たる祭礼も軒並みに中止との報道が相次いでゐる。遙か昔のことながら、わが師と仰いだ産土神社の老宮司が祭典で奏上してゐた祝詞には「年毎之例之随々一年爾一度仕奉留今日之御祭」とあり、殿内に響き渡った力強く重厚な声を思ひ出す。
 コロナ禍のなか、毎年同様に変はりなく、何ごともなく日々を暮らせることこそがありがたいことだと、あらためて感じられる毎日。今年は各地の祭礼もさまざまな工夫をこらされてゐることも聞き及ぶ。
 来年のお祭りは笑顔であふれ、より盛大におこなふためにも、いまに守り伝へられてきた伝統を受け継ぎ、次代へと確実に繋ぐためにも、困難を乗り越えた祖先の叡智と歴史をあらためて学びたい。
(まちづくりアドヴァイザー)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧