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論説 聖上お稲刈り 「農耕文化の中心」に思ひを

令和2年10月05日付 2面

 天皇陛下には九月十五日、皇居内の生物学研究所脇の水田において、お稲刈りに臨ませられた。昭和天皇がお始めになり、上皇陛下、天皇陛下へと受け継がれてきた宮中での稲作。昨年は御譲位を控へられた上皇陛下が御播種をされ、御即位後に天皇陛下がお田植ゑとお稲刈りをおこなはせられた。そのため天皇陛下が御播種からお稲刈りまでの一連の作業をすべておこなはれるのは今年が初めてのこととなった。
 お刈り取りになられた稲は十月十七日に伊勢の神宮で斎行される神嘗祭に根付きのまま奉られ、十一月二十三日の宮中神嘉殿での新嘗祭に際しても供へられると承る。各地の田圃においても黄金色の稲穂が波打つ収穫の時期を迎へ、関係者参列のもと抜穂祭などの祭事が執りおこなはれてゐる。宮中で稲作・祭祀に臨まれる大御手振りに倣ひ、各地においても自然の恩恵に基づく稔りに感謝し、それぞれ神々への報謝の祈りを捧げたい。



 宮内庁は陛下によるお稲刈りにあたり、「本年の水稲御栽培を終えられての天皇陛下御感想」として、「本年、種籾まき、田植え、そして稲刈りまでの一連の作業を初めて経験することによって、我が国の農耕文化の中心である稲作への思いをより深めることができました。本年は、豪雨等による被害や新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、農業に従事されている皆さんの御苦労もいかばかりかと思います。そうした中、実りの秋を迎え、各地で収穫が無事に行われることを願っております」との内容を発表した。
 まづ以て異例の発表となった御感想を謹んで拝しつつ、大御心を体してわが国の農耕文化の中心たる稲作に思ひを致したい。また各地での稲刈りに伴ふ神事・行事においては、新型感染症の影響で規模縮小を余儀なくされてゐる事例なども聞かれるが、改めてその早期収束を祈るとともに、各地において恙なく秋の稔りが得られることを祈念するものである。



 今年の稲作に関しては、一部地域で七月の低温や日照不足の影響が見込まれ、陛下の御感想にもあるやうに七月豪雨や九月初旬の台風による稲穂の倒伏、さらには害虫被害などを含め、最終的な収穫への影響がどれほどになるのか心配なところである。また新型感染症については、感染拡大当初から外国人技能実習生の来日延期などによる農家の人手不足が課題となったが、さらに緊急事態宣言期間を含めた外出自粛により外食需要が減少したことで、余剰米の増加と、それにともなふ米価の下落なども危惧されてゐる。
 稲作をはじめわが国の農業に関しては、かねてから高齢化や新規就農者の不足による従事者の減少、耕作放棄地の増加、食糧自給率の低下などが課題とされるなか、昨年の佐賀での記録的不作のやうに近年は相次ぐ自然災害に翻弄され、とくに今年は感染症の影響も懸念される。
 もとより、わが国において稲作は単なる産業の一つではなく、古来先人たちは経済活動や生産技術、そして儀礼信仰等々の文化的な側面を含め、稲作との深い関はりのなかで生活を営み、その歴史を積み重ねてきた。さうした営みを如何に守り、伝へていくのかは、何も農業従事者だけの課題ではないだらう。



 昨年の新帝陛下御即位にともなふ大嘗祭に際しては、悠紀地方の栃木と主基地方の京都からの新穀献納などがあり、皇室を中心とするわが国の歴史と稲作との関はりに改めて注目が集まる機会でもあった。栃木・京都で斎田抜穂の儀が執りおこなはれてから、ちゃうど一年が経過した今、両地方において斎田点定の栄誉を後世に伝へるやうな取組みが進められ、さうした取組みが稲作をはじめとする農業、さらには農耕儀礼などの一層の振興にも繋がることを期待したい。
 加へて、今年は「吾が高天原に所御す斎庭の穂を以て、亦吾が児に御せまつるべし」との「斎庭の稲穂の神勅」が記された『日本書紀』の編纂から千三百年の節目の年にあたってゐる。神勅に起源する稲作と、その収穫に感謝する祭祀が宮中をはじめ全国各地で連綿と続けられてゐることの尊さを改めて噛みしめつつ、「我が国の農耕文化の中心である稲作」の今後について、それぞれがわがこととして考へていきたいものである。
令和二年十月五日

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