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杜に想ふ 言ひ添へる 涼恵

令和2年10月12日付 5面

 時々ハッとすることがある。それは何処かで誰かに何気なく声を掛けられ、国語の美しさを改めて感じる時。とくに御年配の方の言葉遣ひには、美しさを感じることが多い。
 恐れ入ります。御丁寧にどうも。御親切にありがたうございます。御不便をお掛けしてごめんなさいね。お構ひなく。お世話になります。ごめんくださいませ。お手数お掛けしました。お大事に。忝い。もったいない。御自愛ください。おいとひください。良い一日を。健やかに。御機嫌よう。
 それは時に簡単な挨拶であったり、相手をねぎらふ言葉であったり、お詫びや、感謝の気持ちを伝へるもの。「ありがたう」だけでも十分伝はるけれど、その前に「御丁寧に」「御親切に」と添へるだけで、相手に対しての行為を受け止めてゐることが言葉に表れてゐるやうに感じられる。短くても心を表現するのにふさはしい言葉といふのか、相手の心に響く伝へ方が、繊細に表現されてゐる言葉たちがこの国にはあるのだと教へられる。
 先日、郵便局の窓口で、一人の御年配の女性が切手を買ふ際に、質問したりお支払ひをしたりする時の郵便局員さんとのやり取りがふと聞こえてきたのだが、なんとも上品で気持ちの良い雰囲気が穏やかに周りを和ませてゐた。一言何かを言ひ添へるだけで、心に彩りが灯る。なんだかとても優しい気持ちになる。
 神社で御奉仕する者として発する一言では、私はこの言葉が好きだ。「ようこそのお参りでした」。
 現在九歳の娘は、二歳頃から巫女さんの装束を身につけてお正月などでお手伝ひをしてくれるのだが、おみくじやお守りを参拝者に手渡しする際に、必ずこの一言を添へてゐる。さうすると、周りの皆がほっこり笑顔になって、なんとも温かい空気がその場に流れて幸せな気持ちになる。
 添へ書きも同じ。例へば年賀状などでも、印刷されたものだけよりは何か一言だけでも添へられてゐると嬉しいもの。何か物を送る際にも、一筆箋が入ってゐるとパッと心が華やぐことがある。一手間だったらうに、そんな心遣ひが嬉しくて、送り手の心の在り方が伝はってくるかのやう。
 近頃はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使った情報発信や伝達も多く、誰かの投稿に賛同した人がシェアをするといふことがあるのだが、その際にも、ただその記事をシェアするだけなのか、自分の言葉を添へてシェアするのかでは受け取る相手の印象は大分違ってくる。
 一言添へることの影響は、発する側よりも受け取る側の方が敏感に感じるのかもしれない。限られた時間の中では、すべてに手間を掛けてはゐられない時もあるけれど、ふとした時に自然と現れる価値観が言葉にも表現されると思ふから、丁寧に言葉を選んでゆきたい。笑顔も添へて。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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