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論説 教育勅語百三十周年 大御心を戴き実践躬行を

令和2年10月12日付 2面

 今月末の十月三十日、教育勅語渙発百三十周年の節目を迎へる。
 神社本庁ではこの節目にあたり、各神社庁長宛に「教育勅語渙発百三十周年記念祭並びに記念事業の実施について」を通知。「日本の伝統に基づいた社会規範が失はれつつあり、若者の心の荒廃などの様々な問題が惹起し、洵に憂慮すべき状況」にあるなか、「その解決には教育勅語の意義と精神を今に生かし、徳育の普及を図ることが不可欠」との認識のもと、記念祭の斎行や記念行事・啓発活動の実施を勧奨してゐる。
 通知にあはせ、全国神社総代会の『教育勅語の心を今に』、神道政治連盟の『かわりゆく時代 かわらない心―明治の言の葉』、全国敬神婦人連合会の『教育勅語の平易な解釈』などの教化資材が紹介され、また現在、教育勅語の精神を啓発すべく子供向け冊子の刊行準備も進めてゐると聞く。かうした各種の教化資材を活用しつつ、渙発百三十周年の節目にあたり斯界を挙げて教育勅語の啓発に努めたい。

 教育勅語の起草にあたった元田永孚はその著書『聖喩記』において、明治十九年に帝国大学へと行幸遊ばされた際の明治天皇の御感懐を記述。「理科・化(学)科・植物科・医科・法科等ハ益々其進歩ヲ見ル可シト雖モ、主本トスル修身ノ学科ニ於テハ曽テ見ル所無シ……今ノ学科ニシテ政治治要ノ道ヲ講習シ得ベキ人材ヲ求メント欲スルモ決シテ得ベカラズ」との御憂慮が紹介されてゐる。かうした明治天皇の修身の重要性に対する大御心が、この元田や井上毅らによる尽力のもと四年後の教育勅語渙発へと繋がった。
 当時、混迷を深める国民教育の拠り所として広く期待され、とくに、その普遍性・世俗性は海外でも高く評価されたと伝はる。しかし大東亜戦争終結後、占領下にあった昭和二十三年に衆参両院で教育勅語の排除や失効確認を決議。「軍国主義の精神的支柱」「国家神道の聖書」などとして、以降のわが国において教育勅語は学校教育から排斥されてきたが、その戦前における実態や影響について、より実証的な研究に基づく啓発活動が必要といへるのではなからうか。

 戦後教育は教育勅語の排除・失効確認の上で進められたが、先に退陣した安倍晋三政権のもとでの教育改革により、教育基本法改正や道徳の教科化が実現した。
 ただし教育現場に目を向ければ、いぢめや不登校、学力低下をはじめ、これまで「学級崩壊」や「モンスターペアレント」の存在なども課題とされてきた。また昨今は教員の長時間労働や指導力不足への対処なども懸案となるなか、今年は新型コロナウイルス感染症への対応も迫られてゐる。加へて先日来、一部教員によるわいせつ行為の増加などを踏まへ、その免許再取得に対する批判の声も上がってゐるが、さうした状況からいへば、規範意識の低下などは何も教育を受ける側の子供や若者たちに限らず、教育を授ける側の教員、大人たちにとっても課題であるといへさうだ。
 戦前・戦後を通じた近代教育制度のなかでの成果と課題を検証し直し、わが国の将来を担ふ人材をいかに育てていくのか、明治天皇の修身に対する思召しをも踏まへつつ考へていかねばなるまい。

 明治二十三年の教育勅語渙発から百三十周年の節目を迎へた今年。中村草田男が「明治は遠くなりにけり」と詠んだ昭和の始めからでさへ、すでに九十年近くが経過してゐる。社会環境などが大きく変化するなか、現代人にとって教育勅語は遠い存在となり、その内容を理解することもなかなか容易ではなくなってゐるのではなからうか。その意義を説くに際しては、時代背景なども踏まへて先人たちの理想と精神を理解した上で、それぞれの言葉で語りかけるやうな取組みも必要となる。なにより「朕爾臣民ト倶ニ拳拳服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ」との君民一体の大御心を戴き、それぞれ実践躬行していくことが重要であらう。
 十月三十日には教育勅語渙発百三十周年、そして翌々日の十一月一日には明治天皇・昭憲皇太后を奉斎する明治神宮の鎮座百年祭を迎へる。改めて明治天皇の大御心を奉戴する意味でも、教育勅語の意義を再確認し、その啓発に努めていきたい。
令和二年十月十二日

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