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杜に想ふ 重ねの文化 涼恵

令和2年11月09日付 5面

 皆さんは、こんな手紙を受け取ったことがないだらうか。便箋は二枚。お手紙の内容は一枚目のみに綴られてゐて、二枚目は白紙。要件は一枚で足りてゐるのに、もう一枚重ねられた便箋の意味とは……。何も書かれてゐない二枚目の便箋には贈り主の文字にならない想ひが記されてゐるかのやうに感じられて、受け取る側として目ではなく心で読むやうな、相手に対する感受性が刺戟された。余韻を味はふ。私は子供の頃から、なんだかこの風習がたまらなく好きだった。
 日本人は重ねの文化を大切にしてゐる民族なのだと、つくづく思ふ。
 例へば、お食事。和食は出汁が命。追ひ鰹や昆布の重ね巻きなど。出汁の深い香りと旨味は何層にもなって後からやってくる。味付けを重ねることで醸し出される和食の醍醐味。和装では、十二単の襟元に象徴されるやうな於女里や が今でも着物文化の特徴といへるのではないか。奥ゆかしい色合ひは単色だけでは表現できない階調の美学。
 祝詞こそ、重ねの表現の究極ではないだらうか。畏み畏みも白す。韻を踏んだり反復することで、その意味合ひに深みが増し言霊が籠められて現実へと導く。参拝作法も二拝二拍手一拝。
 御承知のやうに君が代は二回斉唱することが、神社界では通例となってゐる。時間短縮で一回しか歌はなかった場合、御年配の方からお叱りを受けるなんてこともしばしば。筆者はそんな環境の中で育ってきたから当たり前のやうに「君が代」は和歌に由来するもので二回斉唱するものと思ってゐた。しかし、このことは殆ど現代人には伝はってゐないやうだ。昨年発表された御大典記念のアルバムに国歌「君が代」を収録させていただき、先日プロモーションビデオが完成し、現在ネット上で無料公開してゐる。ありがたいことに多くの方が御覧くださってゐるやうで、そのこともあってか、ある組織団体から「君が代」を題材としたお仕事の依頼を受けた。日本の歴史や文化を今に伝へる組織だと彼ら自身が語ってゐたので、もちろん君が代を二回斉唱することは御存じの上のこととお話を進めてゐたのだが、どこか違和感があり確認してみたところまったく知らなかったといふ。私は愕然とした。単に形式的に二回歌へば良いといふものでは決してない。
 先に挙げたやうな、重ねてゆくことで伝はる心。言ひ換へれば、一度では伝はりきらない真実があるといふことなのかもしれない。わが国では何故そのやうに先人たちが伝へ残してきたのか、その意味を、その形になった背景を重んじることが大事だと思ふ。時短や簡略化によって、なにか稀薄になってゐる現代に伝へ続けてゆきたい。大事なことは二回繰り返す。私はこれからも重ねの文化を大切にしてゆかうと思ふ。返す返す、念には念を入れて。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

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