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論説 本庁設立記念日 先人の歩みを確認し次代へ

令和3年02月08日付 2面

 本紙報道によれば、今年の初詣においては大幅に参拝者が減少した神社がある一方、帰省や遠出を自粛する傾向が見られるなど例年にない状況のなかで、参拝者が増えたといふ報告もあった。いづれにしても、コロナ禍において迎へた異例の正月を終へた。
 分散参拝の勧奨や手水舎の柄杓・拝殿前の鈴緒の撤去、間隔を空けての参拝の呼びかけなど全国の多くの神社で感染防止のための対策が図られた今年の初詣。年始早々に一都三県に緊急事態宣言が発出され、十三日には七府県が追加される事態となったものの、これまで初詣に係る集団感染やクラスターの発生を伝へる報告は聞かれない。
 もちろん引き続き感染防止策を講じていかねばならないが、神社が根源的に持つ公益性や公共性、公衆衛生の観点に鑑みても、まづは大事に至るやうな事例がなかったことに安堵するとともに、全国神社の祭神による加護に改めて感謝の祈りを捧げたい。


 新春からさうした未曽有の経験を強ひられた今年、正月を終へて迎へる節分は百二十四年ぶりに二月二日となり、翌二月三日の立春の日に、神社本庁は七十五周年の節目となる設立記念日を迎へた。設立から七十五年の歳月を重ねた今日、当時の詳細な状況を知る人々はすでに帰幽し、その頃の事情を関係者から直接に伝へ聞いた人々でさへ第一線を退きつつある。
 折からのコロナ禍にあって「新しい生活様式」が提唱され、地球規模で社会構造の変革が予想されてゐるが、さうした時代のなかで斯界はいかにあるべきか。七十五周年の節目を迎へて新たな歩みを進めるべき今年、その「一歩」はいかにあるべきなのか。これまでの歴史的な連続性を踏まへながら、将来に向けたあり方を考へる機会としなければならないのではなからうか。さうした意味でも、まづは七十五年の神社本庁の歴史、戦後神社界の先人の歩みについて、それぞれが顧みたいものである。

 七十五年前、神道指令下で変革を余儀なくされるなかで神社本庁は設立された。先人たちの弛まぬ努力により独立を恢復したのち、昭和三十一年の設立十周年を機に制定された「敬神生活の綱領」には戦後の新たな歩みを進める上での共通認識が謳はれてゐる。また戦後復興と高度経済成長を経て、戦後教育と経済繁栄の中で育った若者など神社に対する無関心層の増加が懸念されるなか、昭和五十六年の設立三十五周年に先立ち精神的規範としての「神社本庁憲章」が制定され、斯界のさらなる結束が目指された。
 その後、バブル景気とその崩壊を経験し、平成七年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件は自然との共生や宗教の意義を再考させる契機となり、価値観の多様化なども指摘されるやうになる。さうした社会情勢にあった平成八年の設立五十周年に際して神社基本問題研究会が設置され、皇室・国家と神社との関はりをはじめ、神社存立の基本や宗教法人法の問題点についての整理・共有が図られた。
 以降、現在までの二十五年間においては、インターネットの普及や情報通信機器の飛躍的な進歩があり、電子マネーの導入など経済の仕組みにも大きな変化が生まれてゐる。「スピリチュアルブーム」「パワースポットブーム」などといはれる状況や朱印への関心の昂まりが見られるなか、平成二十五年には多くの国民が注目するなかで神宮の式年遷宮が執りおこなはれた。ただこの間、東日本大震災をはじめ自然災害による脅威もたびたび経験した。

 斯界はこれまで、直面するさまざまな課題に対して一致団結し、その時々に最善とする対策を講じて一定の成果を積み重ねてきた。しかし昨今は、先の米国大統領選やコロナ禍での社会状況などを含め、団結より分断に向かふやうな風潮も見られる。かうした状況を、これから斯界の将来を担ふこととなる若者たちはいかに感じてゐるのか。二十五年後の設立百周年を見据ゑつつ、先人たちの歩みを再確認して次代に伝へていくやうな営みを始める必要もあるのではなからうか。
 神社をめぐる社会環境が大きく変化し、また昨年来のコロナ禍の経験のなかで、これからの神社神道のあり方、さらには神社本庁の存在意義が問はれてゐることを肝に銘じたい。
令和三年二月八日

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