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杜に想ふ モダン 八代 司

令和3年02月15日付 4面

 今年は「立春」が二月三日となったことから、「節目を分ける」との意義を持つ「節分」も自動的に前日の二月二日となったのは明治三十年以来百二十四年ぶりとのこと。本欄の拙文を読み返すと、「節分で鬼は祓ったはずだが」と書いたのは昨年の四月。去年の節分行事では社殿や境内一杯に賑はふ参拝者に向かって豆撒きがおこなはれてゐたのだが、それからほどなくして、鬼同様に目に見えない「疫病」が世界的に流行したと記憶してゐる。
 全国の神社では「初詣」を分散化すべく、「前詣」「先詣」と掲げ、「三が日にこだはらず節分頃までに」と呼び掛けられたところも多く、古人が「立春」を一つの節目とした伝統をあらためて再認識する機会ともなり得た。さらには年頭、地域の神社の掲示板には「節分」までにお祓ひすることが勧められる「厄年」でも「女性の大厄」に該当する三十三歳の方が「昭和六十四年/平成元年生まれ」と記載されてゐるのを見て、あらためて昭和の御代からの時の流れさへも急速に感じるなど、今年は実に感慨深い節分ともなった。
 さて、節分に付き物の「鬼」。先月の読売新聞の時事川柳に「本年は鬼滅の豆と言って売る」とあった。御存じの通り、漫画『鬼滅の刃』の空前のブームを盛り込んだ句。昨年は、登場人物の名前と似た神社名や地名が話題となって「聖地」として注目された。
 また全国の神社関係者の方から、昨秋の七五三詣で男児は黒と緑の「市松文様」、女児は桃色地に赤の「麻の葉文様」のマスクを着けた子供たちが実に多かったと聞き及ぶ。登場人物の羽織や着物の柄に由来し、一時期は、これらの柄の布地が巷では手に入らなくなったと報じられた。
 さらには、これらの伝統的な「和柄」を出版社が商標登録出願してゐることについても話題となってゐる。極めて短絡的な便乗商法は軽々しくて私は好まない。しかしながら、個人的には伝統的な和柄が再人気となること、またこの御時世に、その柄を見ただけで心和まされ、マスクの下とはいへ子供たちの笑顔があふれることは嬉しい。鬼とも想ふ新型コロナウイルスを滅するべく、祓へに通じる「麻の葉」柄にさへもすがりたくなる。
 『鬼滅の刃』の舞台は大正時代が設定とのこと。「大正時代」は、「大正ロマン」や「大正モダン」といった、ロマン主義やモダニズムを基として、いささか洒落たイメージがある。ここでふと、神社界でも「モダン」と用ゐられてゐるモノがあることを思ひ出した。
 日本語も時代により変化するものではあるが、はてさて、大正時代から流行した「モダン」との言葉は、神社界がターゲットとしてゐる年齢層に受け入れられてゐる言葉・語句なのであらうか、「モダン」とは「ナウでヤングな」語句となってゐないかと些か心配にも思ってゐた。そんななか、「洒落たイメージ」としてまた光が当たらないかと期待もしてゐる。(まちづくりアドヴァイザー)

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