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杜に想ふ お客神 神崎宣武

令和3年02月22日付 4面

 私が小さな仕事場を設けてゐる谷中(東京都台東区)は、寺町である。七十数カ寺があり、仕事場の窓からは寺々の屋根や墓地がみえる。
 時々の散歩道に、南泉寺がある。臨済宗の禅寺で、創建が元和二年(一六一六)の古刹。樹林もあって、落着いた佇まひである。その境内に入った右手に、木造の小祠がある。 額には、「おまねぎ 客人祭」と書かれてゐる。客人は、客神。お招きした「お客神」、の意か。締まった格子の隙間から中が覗ける。
 石塊が数個みえる。よくみると、意味がありさうな石塊が三体。正面の奥のひときは高くて煤けた石は、仏像に見立てることができる。そこでは、観音菩薩の姿が自然に顕現したもの、と言ひ伝へてゐる。
 それをはさむかたちで、前方に数十センチの高さの石が二体。向かって左側のそれは円柱型、右側のそれはおむすび型の立石である。明らかに、男性と女性の性器を模したものだ。円柱は先が円く削られてゐて、立石には窪みが彫られてゐる。
 これは、何を意味するか。誰彼かが子孫繁栄を願って祀った、とみるのはたやすい。類似の石造物の残存例もある。とくに、信州・上州・甲州あたりには、それが多い。自然石を利用したものもあるし、簡単に手を加へた彫刻物もある。
 とくに長野県下には、道祖神の分布が濃い。そのなかには、男女双体の道祖神も少なくない。道祖神は、一般にはサヘノカミと呼ばれ、村境や辻や峠に多く立つ。外から忍び寄る悪霊や死霊を防除する塞の神。しかし、そこで、なぜに男女が双体なのか。
 あはせて五穀豊穣を拝む、ともいふ。たしかに、子孫繁栄と五穀豊穣は、歴史を通じて庶民社会における祈りの主願目であった。それは、種子(子種)だけでは成り立たない。田畑(母体)がなくてはならない。といふことでは、五穀豊穣と子孫繁栄は、対の願目になりうるのである。
 古くさかのぼってみると、さうした生産行為は、すべからく聖なるもので、信仰の対象となった。科学的な知識や処置が及ばないところでは、その安否を神に託さざるをえなかっただらう。
 それが、時代を経るにしたがって変化もする。新たな解釈や物語が加はってくる。それに従って、新たな造形や芸能が加はってくる。単純で純粋な祖型が複雑化してくるのだ。
 科学が発達すると、そんなものは迷信にすぎない、とるに足らない、といふ意見もでてくる。明治維新後がさうであった。性神信仰を淫猥邪教として破棄する風潮が強まったのである。
 さて、谷中は南泉寺境内の「お客神」。さうした近代の風潮の中で、いづこからか持ちこまれたものであらう。とすれば、そこに下町の人情があってのこと、とみておかう。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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