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杜に想ふ 風 八代 司

令和3年03月29日付 5面

 東日本大震災から十年、テレビや新聞では例年以上に「あの時」のことが報じられた。
 私自身のあの時は、神職のA君のことを想ひ、携帯電話からメールを送って安否を尋ねたことが思ひ出される。
 互ひに別の大学を卒業後、職場で同期となった彼は累代世襲の神職家の後嗣で、岩手県陸前高田市への帰郷後は、地元の消防団活動に参加してゐたことも聞いてゐた。そのため正義感が強い彼の身を案じて咄嗟のメール送信であったのだが、その返信はなかった。その後テレビ画面では、津波に流された「陸前高田市」と車体に書かれた消防車が映し出された。画面にいくら近寄っても車内までは覗き見ることができないのだが、その赤い車体が繰り返し映し出されるや、幾度となくテレビへと近寄って無事を祈った。数日後、元の職場の先輩から彼が無事であり、奉仕神社が避難所となってゐることを聞き、一まづ安堵した。
 翌年六月、復興支援への答礼として彼も所属する「本吉太々法印神楽」の招聘奉納があった。当時、招聘活動を主に担当されてゐたのは日頃から懇意にさせていただいてゐた学生時代の先輩で、広報企画について相談されたため、陰ながらお手伝ひをすることができた。無駄に経費を掛けずに、少しでも多く義捐金に充てたいとのことから、奉拝者に配る記念品の団扇として、震災を風化させず、復興へ繋げるべく「追風」と記した小片の短冊を、神楽奉納らしく麻緒の切れ端で手元に結はへ、その準備風景を地元紙に取材してもらひ事前記事として広報をすれば、と提案させていただいた。
 奉納当日、久方ぶりにA君と顔を合はせた時は思はず互ひに無言で涙した。神楽は氏子区域外では初となるとのこと。みごとな舞の所作や殿内に響き渡る太鼓と声も実に素晴らしく、これまでまったく知り得なかった彼の一面を見ることができたのも思ひ出深い。
 さて、毎年三月十一日は、福島県いわき市で斎行される全国神職有志の会による慰霊復興祈願祭にも御縁あって参列させていただいてゐた。地震発生時刻には市街地に鳴り響くサイレンに合はせて黙祷を捧げ、風による木々のざわめきや、鳥のさへづりも暫し止むなか、自づと目頭を熱くするのが常だったのだが、コロナ禍のため、現地での参列は昨年に続いて今年も叶はなかったのが悔やまれる。
 これも十年来、毎年斎行されてゐる神社庁支部主催による慰霊復興祈願祭にお参りさせていただいた。厳粛な祭典では「没日還午楽」との一名がある舞楽「陵王」に、今年は「浦安の舞」が初めて奏でられた。祭典後、御用意いただいた直会は神前に供された饅頭で蓬と桜花の塩漬けが添へられた春風を想ふ風雅なもの。この十年の歳月を数へ、被災地の復興と波静かなる御代を祈りつつ、コロナ終熄の暁には無沙汰の旧友を訪ねることを想ひ、盃の御神酒を戴いた。
(まちづくりアドヴァイザー)

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