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杜に想ふ 希望の民 山谷えり子

令和3年04月05日付 5面

 今年の東京の桜の開花日は三月十四日。今年も靖國神社の標本木の前で傷痍軍人だった父の「おつりの人生、良い国を作るのが亡き戦友との約束」との言葉を思ひ出しながら、新たな力をいただいた。染織家の志村ふくみさんの著書『語りかける花』(ちくま文庫)に「美しい桜色に染めるには、花びらでなく桜の枝や幹を使う。しかも花が開く直前のものを煮出さないと色は出ない。桜は色を出すための精を一年かけて貯めているのだ」といふ一節がある。靖國神社や護国神社の桜の精は、きっと表現しきれない不思議な力を持ってゐることだらう。
 靖國神社から帰宅すると『困難を希望に変える力』(三・一一を語りつぐ会・渡辺祥子)といふ本が届いてゐた。十年前、被災地では多くの神社が避難所となった。私も福島、宮城、岩手と訪ねさせていただいたが、氏子の皆さまが笑顔で支へ合ふ姿に公民館や学校などの避難所とは違ふ神さまの存在の尊さを感じずにはゐられなかった。
 届いた本では宮城県亘理郡亘理町・八重垣神社の藤波祥子宮司の「震災で無くなったのは建物であって、神様が無くなったわけではない」の言葉が紹介されてゐる。鎮座千二百年祭を迎へた古社がすべて流された時、目の前に起こったことが“私の人生”と現実を受け止め、植樹を始めると支援の輪が急テンポで広がり、六年で社殿が再建されたといふ。このたび私が近況をお聞きすると、「あの時は地域の方々の生活の中に神様がこんなに入り込んでゐたのかと、氏子さま、み霊さまありがたうの気持ちでいっぱいになりました。消防の方のお働きを見て、その後消防隊員になった子もゐるのですよ」とはづんだ声でお話しくださった。困難が、むしろ前進へのエネルギーになることを教へられる思ひがした。さういへば十年前、陸前高田市の今泉天満宮で出会った子供も私に「僕の仕事は病気にならないで元気でゐること。大人に心配をかけさせないのが僕たち子供の今の仕事」と言ってゐたが、鎮守の杜で生き残った者の使命をかみしめ励まし合ふ姿に日本人の心を見る思ひがした。
 震災の翌年には伊勢神宮の宮域林の檜を使った社殿が次々と復興されていった。第一号の石巻市雄勝の新山神社を参拝した時は、氏子の皆さまが「もったいなさに目が眩む」「神宮の香りがする」と喜ばれてゐた姿も忘れられない。神社の再建は故郷再生に繋がってゐる。
 ブータンの国王陛下は、被災地を訪ねられ、私に「神社仏閣には観光客としてではなく一巡礼者として祈りました」と語られた。これから桜前線は東北地方を北上していく。敗戦、災害、感染症……私たちはいかなる困難があらうとも、祈りと共に進む希望の民であることを桜の精を体に取り込みつつ感じてゐる。
(参議院議員、神道政治連盟国会議員懇談会副幹事長)

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