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論説 歌会始の儀 深き大御心に応へ奉るために

令和3年04月05日付 2面

 新型コロナウイルス感染症の感染拡大のため延期されてゐた歌会始の儀が三月二十六日に宮殿松の間で執りおこなはれた。天皇・皇后両陛下には、秋篠宮皇嗣・同妃両殿下をはじめ皇族方を従へられて、お出ましになられた。両陛下が御席に着かれると、披講所役の読師・講師・発声及び講頌が参進して所定の位置に着き、預選者の歌から披講が始められた。披講所役は例年とは異なった配置で、フェイスシールドをつけ、アクリル板を立てての披講となり、預選者の一人はオンラインでの参加となった。披講は予選者の歌に続いて選者・召人の歌、皇族方のお歌と進み、最後に皇后陛下の御歌が二回、天皇陛下の御製が三回披講され、祈りがこめられた言霊が式場に響き渡るなか、滞りなくお開きとなった。
 二カ月余り遅れ、異例の歌会始とはなったものの、これに先立ち三月二十三日には講書始の儀もおこなはれてをり、新年の恒例行事が恙なく執りおこなはれたことに慶祝の意を表したい。

 今回の歌会始においては、御製、御歌ともに新型感染症の収束を祈られるものであった。天皇陛下が一昨年五月一日に御即位遊ばされ、即位の礼や大嘗祭など重要な諸儀式を終へられた後、その年明け間もなくから各地での感染が報じられるやうになり、わが国を含め世界中の人々が試煉に立ち向かふこととなってゐる。両陛下には、さまざまな分野の専門家や現場で対応にあたってゐる方々からお話を聞かれて状況を理解され、御心を寄せてこられた。
 さうしたなかで、御製は人々の願ひと試煉に立ち向かふ努力が実を結び、平穏な日常が到来することを祈られたものである。また、御歌は昨年四月に発出された一回目の緊急事態宣言が五月下旬まで継続され、不安な日々が続くなかで詠まれたものである。ひたすらに感染収束を祈られる日々、赤坂御用地内を御散策の折、梅の実が大きくなってゐることに目を留められ、その御感慨を詠まれたものだった。

 天皇陛下には即位後朝見の儀において、「上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら」責務を果たしていかれることをお述べになられてゐる。また今年の「新年ビデオメッセージ」では、「人類は、これまで幾度も恐ろしい疫病や大きな自然災害に見舞われてきました。しかし、その度に、団結力と忍耐をもって、それらの試練を乗り越えてきたものと思います。今、この難局にあって、人々が将来への確固たる希望を胸に、安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ、皆が互いに思いやりを持って助け合い、支え合いながら、進んで行くことを心から願っています」と述べられた。
 天皇陛下は歴史学者でもあられ、このやうな難局にあって歴代天皇がどのやうになさったのか、よく御承知のことと拝察申し上げる。その都度、御歴代は厳しい局面を切り開いてこられたのだ。「平らけき世の到るを祈る」といふ御製のお言葉のなかには、過去の苦難克服の歴史が凝縮されてゐるのではなからうか。そして、皇后陛下の御歌に示された自然の営みの確かさは、これを根柢で支へてゐるともいへるだらう。

 天皇・皇后両陛下が祈られるなかで令和三年も始まってゐる。歌会始の儀によって、私たち国民は両陛下の御心に通じることが叶ふ。御製と御歌は互ひに響き合ひ、美しい調べとなって深い祈りの世界を構成し、御歴代が創り上げてこられた皇室のお姿がみごとに受け継がれてゐる。
 いふまでもなく「令和」の出典は、『万葉集』巻五に見える梅花の歌三十二首の序文である。天平二年(七三〇)、大宰帥である大伴旅人の邸宅で開かれた梅花の宴に集った人々は、思ひ思ひに和歌を詠った。「初春の令月にして、気淑く風和ぎ」といふ好季節に宴は開かれてゐる。これが典拠となり、初めて日本の古典から選ばれたものである。
 令和の御代が文字通り「令和」となるやう、大御代の平安を全国の神宮・神社、天神地祇の神前に祈りたい。すべてのものを祓ひ清めて祭祀を厳修することこそが私たちの使命であらう。深く祈られる天皇・皇后両陛下の御心に応へ奉るべく、今一度その使命を確認したい。
令和三年四月五日

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