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杜に想ふ 車窓の景色 神崎宣武

令和3年04月26日付 5面

 私は、東海道新幹線・山陽新幹線によく乗る。郷里(岡山県美星町)での神主づとめもあるが、広島やら奈良やら伊勢やらでのお座敷(会議や講演)が多い。年間で二十数往復は下るまい。もっとも、昨年はコロナ禍で、その回数は半減した。今年は、どうなるだらうか。
 さやうに新幹線を長年利用してゐるが、近年、車中での風景が様変はりしてきたことを実感する。
 ひとつは、新聞を広げて読む人が少なくなったことである。一車輛で二、三人か。読書をする人も同様である。ほとんどの人がパソコンかスマートフォンを操作してゐる。
 車窓から外の風景を眺める人も少ない。たとへば、富士山が眺望できるときには、車掌氏がアナウンスすることもあるが、それでも頓着しない人が多いのだ。
 もちろん、銘々の自由である。かくいふ私は、二種類の新聞を読み、天気のよい日には車窓の景色を楽しんでゐる。
 その車窓の景色も、変はってきた。もとより新幹線の沿線は、開発が進んでゐるところだが、当初は、大規模な工場建設と住宅分譲地が目立ってゐた。それでもまだ、農地も広がってゐた。近年は、その農地も集合住宅やらソーラーパネルの建設で転用されてゐるのである。
 もっとも、新幹線が開通する以前も、景色は、時々にさまざまに変化をくり返してきたはずである。そこに人々の暮らしがあるかぎり、古来不変の景観などあらうはずがない。
 私の興味は、かつての景色はどうだったか、をたどることにある。
 東海道新幹線でいふと、浜松から三河安城にかけての北側の景色がおもしろい。旧東海道は、見えたり見えなかったり。北側の平場には、農村地帯が広がってゐた。しかし、ほとんど集落をなしてはゐなかった。それぞれが所有する耕地の内に、背戸に樹林を設けて家屋が建ってゐる。水田の一部分が土盛されてゐて畑にもなってゐる。また、その一部が墓地になってゐる事例もみられる。
 ひときは樹林が仰々しくみえるところは、神社である。社殿が社叢に隠れてゐるところもあるが、明らかに三社までは確認できる。
 秋になると、そこに幟が立つ。その幟竿の最上部に杉の青葉がとりつけてある。有縁無縁の八百万の神々を招く依代。その景色は、古くさかのぼっても同じであっただらう。
 三月末のある日、そのうち一社の社叢に、桜が一本だけ花を咲かせてゐた。しばらく行った先に、桜で囲まれるやうに大きな甍が見えた。何宗かはわからないが、仏寺であることは明らかだ。
 「咲くよりも散るが尊い寺桜」といふ、うろ覚えの句を思ひ出した。寺に桜、これも古い時代からの景色である。
 さて、次は「目に青葉」の季節。目が疲れない程度に、また楽しむことにしよう。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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