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論説 熊本地震五年 役割の再確認と復興の祈り

令和3年04月26日付 2面

 「平成二十八年熊本地震」の発生から五年の歳月が過ぎた。
 五年前の四月十四日午後九時二十六分にはマグニチュード六・五、わづか二十八時間後の十六日午前一時二十五分にはマグニチュード七・三の地震が発生し、熊本県上益城郡益城町などで最大震度七を観測。気象庁の震度観測開始以降、震度七を観測したのは阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、そして東日本大震災の三例のみで、熊本地震が四例目と五例目にあたった。とくに同一地域で連続して発生したのは観測史上初めてのことで、さらに一回目の地震以降、短期間に震度五強以上の地震が複数回に亙って発生したことも特徴的だったといへるだらう。
 この地震により二百七十六人の尊い命が犠牲となったのをはじめ、約四万棟もの住家が全半壊し、熊本県での避難者は最多時で十八万人以上に及んだ。神社の被害も甚大で、拝殿・楼門などが倒壊した阿蘇神社の様子は一般報道でも大きく取り上げられた。五年の節目にあたり、犠牲者の御霊に改めて哀悼の誠を捧げるとともに、一日も早い被災地の復興を祈るものである。

 地震から五年を迎へた熊本においては、ピーク時の四万七千人からは大幅に減少したものの未だ四百十八人の被災者が仮設住宅等での生活を余儀なくされてゐるといふ。さうしたなか、復興に向けた象徴ともいはれる熊本城の天守閣部分の修復が終はり、この四月二十六日から内部の特別公開が始まった。また崩落した阿蘇大橋は六百メートル下流に新たに架け替へられ、「新阿蘇大橋」として三月七日に開通するなどインフラの復旧も進んでゐる。
 一方で、地震による直接的な犠牲者以外のいはゆる「災害関連死」の割合の高さが課題として指摘されてをり、先に挙げた二百七十六人の犠牲者のうち八割にあたる二百二十一人が該当。「避難中の車内で七十四歳女性が、疲労による心疾患で死亡」「八十三歳女性が慣れない避難所生活から肺炎状態となり、入院先の病院で死亡」「八十三歳女性が地震のショック及び余震への恐怖が原因で、急性心筋梗塞により死亡と推定」などの例があるといふ。東日本大震災などでも課題とされた仮設住宅や災害公営住宅への入居後の孤立や孤独などとあはせ、被災者の精神的な面のケア、人々の繋がりの維持・恢復について、神社関係者としてもできることを考へていきたい。

 熊本地震についての斯界における対応を顧みれば、神社本庁では地震発生直後に対策本部を設置して被災状況の把握に努めるとともに、復興支援のための義捐金を全国から募集した。
 また神道青年全国協議会ではウェブ上に災害対策掲示板を開設して情報共有を図るとともに、福岡を拠点として全国からの支援物資の搬送作業をおこなふなど、被災地の意向や状況に鑑みつつ各地の会員が連携して対応。また全国氏子青年協議会では、多様な職種の会員で構成されてゐる強みを活かし、被災地に重機を運び入れて復興支援活動に従事した。自然災害が相次ぐなかで、その経験を踏まへた活動展開も図られてきたといへよう。
 その後の復興状況などは本紙今号に詳しいが、広く支援も求めつつ長期計画で復興事業を進める阿蘇神社、倒壊した本殿の部材撤去作業のなかで歴史的価値が評価され、町の文化財指定を受けて社殿再建を進める木山神宮、境内で地表地震断層が確認されたことにより現状保存が図られてゐる潮井神社等々、それぞれさまざまな事情を抱へてゐる。共通するのは、いづれも氏子との強い結びつきのなかで取組みが進められてゐることで、神社と地域社会との密接な関係、その重要性が改めて感じられる。

 熊本県神社庁では四月十六日に庁舎神殿で復興祈願祭を斎行するとともに、県内各神社にも事前に祝詞例文を配布して祭典の斎行を勧奨。今年七月には県内に大きな被害を齎した「令和二年七月豪雨」とあはせ、被災地の復興を祈願する予定だといふ。
 かうした祭典を通じ、地域における精神的な拠り所として、また苦難を抱へた人々の祈りの場として、神社の役割が改めて確認されることを念じつつ、地震発生から五年を経て未だ復興途上にある被災地に引き続き思ひを寄せたい。
令和三年四月二十六日

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