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杜に想ふ 師の姿 山谷えり子

令和3年05月03日付 5面

 光まばゆい五月。子供たちと新しい先生との関係が深まっていく季節であらう。良き師との出会ひは生涯の宝である。
 私が通った福井市の小学校で一年生から四年間を担任をしてくださった河原ジュン先生は師範学校出身の戦争未亡人で、すべての力を私たちに注いでくださった。空襲時には、燃えさかる街を学校へと走り、生徒の大切なものを守らうとしたといふエピソードをお持ちの先生は、夏休み中も毎日登校して学校の花壇の手入れをされてゐた。愛を注ぎ働く姿は、クラス全員の生涯のお手本となり、今も一年おきのクラス会と墓参りが続いてゐる。
 高校時代の生物の先生は放課後に「スタディ、スタディ、オールウェイズ」とおっしゃりながら朗らかに掃除をされてゐた。日常生活を清らかに、朗らかにといふ教へは神道にもつながるごとくで、今、私は孫の前で先生の口ぶりを真似て「スタディ、スタディ、オールウェイズ」と掃除をするのを日課としてゐる。孫も「スタディ、スタディ、オールウェイズ」と歌ふやうにマネて掃除するのも“いとをかし”である。
 大学時代に教はった修道女は要領がよく、バザーの時には「お金持ちのボーイフレンドをたくさん招いて買ってもらひませう。さうすれば乳児院に多額の寄附ができます」と優秀な営業ウーマンのやうな呼びかけをされてゐた。修道女は世界各地で、貧困や病気、悪政、無理解などと日常的に戦ふため、実は超リアリストで応用力のある方が多かった。自分たちの権利は放棄し、無私の心で祈りつつユーモアのあるコミュニケーション能力を発揮する姿には教へられた。
 大河ドラマ「青天を衝け」の主人公である幕末生まれの渋沢栄一は、生涯約五百の企業の設立・育成に関はり、民間外交に尽力しながら六百もの教育、社会公共事業を成した超人だが、『論語と算盤』の著書にみられるやうに、“資本主義の父”であると同時に思想家でもいらした。令和六年(二〇二四)から新一万円札の顔となる人物が、ソロバン勘定だけでは未来がないことを説いたのは嬉しく、一万円札を使ふ時は渋沢翁の人生を思ひながら、徳のあるお金の使ひ方をしたいと思ふ。
 先日、渋沢栄一の玄孫の方からお話を聞く機会があったが、「一人が大富豪になっても、多数が貧困なら幸福は継続しないといふ考へは、現代風に言へばサステナビリティ、持続可能性。論語と算盤といふのはあれかこれかの選択ではなく、論語と算盤の両立により“道理の富”が永続し、万人の幸福(ウィンウィンの社会)を作るといふことでせうか」と現代的センスのある説明をしてくださった。
学びて思はざれば則ち罔し、思ひて学ばざれば則ち殆し(論語)
 師の姿を偲ぶのは喜びである。
(参議院議員、神道政治連盟国会議員懇談会副幹事長)

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