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論説 創刊七十五周年 変化の時代に精神規範の共有を

令和3年07月05日付 2面

 本紙は昭和二十一年七月八日に第一号を発行し、今年七十五周年を迎へる。
 終戦後の神道指令にともなふ神祇院廃止や宗教法人令改正の混乱のなか、神社の護持と斯界の大同団結のために神社本庁が設立された。その五カ月後に神社新報は創刊され、情報伝達ならびに共有の場として、その使命を果たすべく出発した。混沌混迷の時代の発刊後、戦後復興や経済成長を経て、神社をめぐる社会環境、神職の意識も大きく変化する中で各時代に則した記事・情報をはじめ、さまざまな主張を掲載。神道指令下での神社の対応、境内地払ひ下げ、第五十九回神宮式年遷宮などをはじめ、戦後の法制度の中で曖昧にされてゐた事項等に関し、伝統に則したあり方を示してきたのである。
 伊勢の神器の問題、剣璽御動座、皇位継承儀礼、宗教法人法論議、災害復興支援など時代時代の課題への対応に本紙の掲載内容が少しでも貢献できたとすれば、それを誇りとして今後の編輯にも努めていきたい。

 さて創刊七十五周年を迎へた今、神社界はある種の転換点を迎へてゐるのではなからうか。身近に迫ってゐる危機として、新型コロナウイルス感染症の影響に基づく信仰に関はる感覚や信仰形態、また神社運営の変革がある。これまで災害等によって神社への参拝状況が変化することはあったが、信仰形態の変化にまで影響することはなかった。
 今回の災厄では「密を防止する」との観点から神輿振りのやうな人の集まる行事の自粛を迫られ、神酒拝戴といった直会行事の見直しや、外出自粛にともなふ参拝自粛といふ面にまで影響が現れた。この影響が果たして感染症が収束すれば元に戻る一過性のものであるのか、このまま形態が変はってしまふのかは未だ不透明なままである。
 神社本庁や大学の研究者などもすでに今後に向けた分析を進めてゐるだらうが、各神社における対応を報道して情報の共有を図ることで、斯界の興隆と大同団結に繋げたい。

 一方、コロナ禍での対応を記事として扱ふ中では、神社界の活動として相応しいのか検討が必要と感じるやうな事例も散見される。具体的な事例はあへて記さぬこととするが、もちろん現行の法律を犯すことはなく、神社以外の組織であれば適当と思はれる行動であっても、それが神社での活動となれば疑念を抱かせるやうな場合もある。
 かつて神社本庁憲章が制定された所以は、俗世の法律によって制定された法人規則のみに準拠して諸事を進め、信仰的・精神的側面を軽視する傾向が見られたため、不文のままに伝へられてきた規範を成文化することによって道義の頽廃を防ぎ、神社界への期待に応へようとしたことにある。すなはち神社を一法人として俗世の法規のみに委ねるのではなく、歴史・伝統に則して律し、それによって尊厳を保つことが大切なのであり、もちろん神社関係者も聖なる勤めに相応しい行動が求められてゐることはいふまでもない。コロナ禍で各種の対応が急激に変化する中、かうした崇高なる精神を忘れてはならない。

 神社本庁・神社新報社ともに次の周年の節目は八十周年となる。その節目は単に百年への中継地点ではなく、明治維新から大東亜戦争終戦までの歳月と比べ、戦後体制の方が長くなるといふ節目でもある。わが国における悠久の歴史の中で見ればわづかな期間であるかも知れないが、明治維新後の百五十年余の間には大きな変革や技術革新があり、神社はそのうねりの中にあって常に道を過たぬやう努めつつ歩んできた。戦前は法規による規制で修正が図られたやうなことでも、戦後は神社本庁下での自己修正機能に多くを頼るほかなく、そのため成文化された精神規範としての神社本庁憲章を定めつつ、ピラミッド型の教団組織ではなく連盟的な組織としての長所を機能させてきたのである。
 信仰形態の変化はコロナ禍によって従来とは比べ物にならない勢ひで進んでをり、これまでタブー視されてきた行為でさへ非常事態の名のもとに許容されがちな傾向もある。かうしたことを自己修正機能で是正できるか、また上意下達ではない連盟的組織として戦後に出発した神社界の特性を発揮して対処できるのか、七十五周年の節目に際しての課題として認識しなければならないことを指摘しておきたい。
令和三年七月五日

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