文字サイズ 大小

杜に想ふ 奥さん 八代 司

令和3年07月19日付 5面

 遙か数十年前の記憶がふと蘇った。それは学生時代、図書館司書・司書教諭の資格を取得するための図書館学の講座で使用した教科書に「アフリカでは、老人が一人亡くなると図書館が一つ消えると言はれる」と記されてゐたこと。
 先日、郷里で長らくお世話になった方が数への齢八十九でお亡くなりになった。その方は神社の宮司さんの御母堂で、先代宮司さんの奥様。周囲からは「奥さん」と呼び親しまれ、気さくな中に心づくしをされる方で、私が時折に社務所へとお邪魔をすると、顔を見るまでもなく、奥の部屋から「上がってお茶でも」との声が掛かり、暫し楽しいお話を聞かせていただくのが常であった。
 その話は、主に地元の神社や各社家に纏はることなどなど実に多彩。ある時の茶飲み話で、奥さんの御出身が隣県の神職家でもあるので、嫁がれた御縁の経緯について伺ったところ、その昔、狩衣などを反物で担いで全国を廻られる装束屋さんがゐて、その仲立ちによるものと、昔を思ひ出されて面映ゆさうに答へられたのが印象的であり、時代を感じさせるお話だった。
 またさまざまなボランティア活動にも尽くされて、まさに地域の顔役。神社の諸活動を支へる氏子の奉賛会の方々はもとより、「奥さんが言はれるなら」と皆々が応じられるのはその人柄と普段からの広く深いお付合ひのなせる業。私が仕事の関係で隣県へと転任してから程ないある日、勤務中に職場の片隅をふと見ると、土産にと地元の銘菓を手にして私の仕事ぶりを静かに見守ってゐて下さる奥さんの姿があった。頼り知るべがない土地にあって、その時の驚きと嬉しさは生涯忘れ得ないものがある。
 コロナ禍にあって、限られた状況下での神葬祭で、斎場の座席には御遺族と親戚の方々のみだったが、梅雨空の雨の中、名残りを惜しむ弔問の方の列が続いた。
 喪主であり御子息の宮司さんからは「神主の家に生まれ、神主の家に嫁いで、神様に奉仕した人生」との御挨拶。とりわけ、地元の祭りで振舞はれる「祭りごっつお」と呼ばれるお煮しめなどの郷土料理の伝承に精力を注いで、その執念の集大成の精華が地元のミュージアムの「祭りと共に生きる」といふコーナーに再現展示されてゐるとの由に参列者も在りし日を偲んだ。
 ふと、奥さんが敬愛され、以前頂戴した御尊父の著書『神のまに〳〵』に「命のむすび」と題した一節があり、そこには「男女が結婚することが『むすび』であり、できた子供は『むすこ』『むすめ』というわけです」と記されてゐることを思ひ出して読み返した。
 降る雨を涙の露と玉串の榊葉に取り添へ、刀自命となられた御霊の安らかなることをお祈り申し上げつつ、今少し、教へを伺へてゐたならばと思ひ、惜別の薄墨の一文として、手向けさせていただきたい。
(まちづくりアドヴァイザー)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧