文字サイズ 大小

杜に想ふ 八朔 神崎宣武

令和3年08月30日付 4面

 八月一日に夏祭り(夏期例祭)をおこなった。夏祭りといってゐるが、郷里(岡山県美星町)のやうな農村部では、本来は八朔行事である。つまり、旧暦八月一日(今年は九月七日)の「タノミ祭り」である。
 タノミは、田の実。ところによっては、タノモ(田の面)とかタノム(憑)ともいふ。
 稲穂の実りがみえてきたところで、その仕上げの豊作を祈願する意がある。田に水をあてる心配はしなくてよくなったが、台風が心配である。そして、害虫が心配である。
 郷里の宮(宇佐八幡神社)では、害虫封じの関札(大きめの神札)を出す。それを総代諸氏が持ち帰り、竹軸にはせて集落の境に立てる。外からしのびこむ悪霊を防ぐ、とするが、内なる害虫を送り出す、とみることもできようか。
 それは、この時期、各地に「虫送り」の民俗行事も伝はるからである。
 それも、ところによって違ふ。が、日が暮れたのちの行事である。藁でつくった人形に害虫を包みこんだとして村境まで行列をなして運ぶ。松明行列をするところもある。その松明に虫が寄りつくのをそのままに村境まで運ぶのだ、といふ。鉦や太鼓で囃すところも多い。そして、その人形や松明は、村境で焼いたり川に流したりするのである。
 東日本では、これをサネモリ祭りといふところも多い。斎藤別当の故事に附会して伝へるところもある。が、各地の呼称を比較してみると、この場合のサネモリは、サノムシ、サネムシ(田の虫)にも通じるとみることができようか。
 なほ、江戸の町などでは、八朔のタノミは、「頼み」の日として、主従関係のなかで従側が主側に贈りものをして庇護の強化をはかる習慣が生じた。また、京阪地方や伊勢路では、八朔を姫瓜の節供として、姫瓜に顔を描き棚に飾って供へものをする習慣もあった。
 神社での行事であれ民間の行事であれ、農薬が発達した昨今は、かうした害虫封じの切実さが薄らいでゐる。
 「八朔」といふ言葉もつかはれなくなった。
 郷里の宮でも、新暦での夏祭りに変はって久しいので、タノミ祭りの意が薄らいでゐる。そこで、私は、祭典の前に、総代や当番(当屋)諸氏を相手に十数分だけかうした説話をすることにしてゐる。
 以下は、余談である。
 十数分と時間をきるのは、それが平均して、聴く側の集中力が保ちやすい、とされるからであるとする。そのことを、亡くなった筑紫哲也さん(キャスター)から聞いたことがある。以来、それをかうした機会に試してみてゐるのだが、たしかに古典落語にも通じる程よい時間なのである。
 お試しあれ、とはいはない。しかし、私たちは、時どきに古来の行事を語り継がなくてはならない立場にある。といふところで、それぞれが試行すべきなのである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧