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論説 自殺対策白書 命の連続性と紐帯強化を

令和3年11月15日付 2面

 政府は十一月二日、令和二年度「我が国における自殺の概況及び自殺対策の実施状況」(令和三年版自殺対策白書)を閣議決定した。
 白書によれば令和二年の自殺者数は二万千八十一人で、前年より九百十二人増加してゐる。わが国の一年間の自殺者数は統計を取り始めた昭和五十三年以降、おほむね二万人から二万五千人の間で推移してきたが、平成十年に三万二千八百六十三人、同十五年には最多の三万四千四百二十七人を記録。平成二十二年以降は次第に減少してゐたものの、このたび十一年ぶりに増加した。
 「一概に『増加した』といっても、男女別や年齢、職業の有無などの属性や時期によって、自殺の状況は大きく異なる」と白書も記してゐるやうに、二万千八十一人の一人一人にさまざまな背景・事情があり、それぞれ複合的な要因も影響してゐるのだらう。軽々に論じることはできないが、十一年ぶりの自殺者増加といふ事実を重く受け止めたい。

 昨年の自殺者の内訳を見ると、男性は十一年連続の減少だったものの、女性が二年ぶりに増加。学生・生徒(小学生・中学生・高校生・大学生・専修学校生等)の増加も目立ったといふ。
 このうち女性については一人暮らしの若年就業者で増加率が高く、新型コロナウイルスの感染拡大にともなふ労働環境の変化の影響が指摘されてゐる。とくに非正規雇用者が多く、コロナ禍での雇用問題が要因の一つとなったやうだ。また学生・生徒のうち高校生以下の児童・生徒については、かねて夏休みをはじめ学校の長期休業明け直後に自殺者が増加する傾向が指摘されてきた。昨年は新型感染症の影響で一斉休校の要請が出された直後に自殺者数が大きく減少した一方、緊急事態宣言が解除されて学校が再開されると一転して急増したといふ。
 松野博一官房長官は会見のなかで、女性や若者の利用が多い「SNS相談」等の相談体制の拡充に努めるとともに、失業者や生活困窮者への支援などにより「誰も自殺に追ひ込まれることのない社会の実現を目指して取り組む」との考へを述べた。さうした支援制度の構築などに加へ、「命の大切さ」の再確認や共有といった取組みにも関心を寄せていきたい。

 古来先人たちは、祖先を通じて親から授かった命を大切にし、その人生をまったうして子孫に繋いでいくといふ命の連続性を意識してきた。さうした意識を持つことは、命が決して自分一人のものではないといふ理解・認識にも繋がったことだらう。ただ昨今は社会が大きく変化し、価値観が多様化するなかで、先人たちが大切にしてきた生き方、命の連続性といふやうな意識なども、ややもすれば伝はりにくくなってゐるのではなからうか。
 例へば、「直葬」に顕著なやうに葬送儀礼の簡略化が進み、累代の墓を撤去する「墓じまひ」なども増加。また昨年は出生数が過去最少を記録するなど少子化がいよいよ加速してゐる。さうしたなかでは、自らの命を伝へてきた祖先、さらに命を繋げていくべき子孫の存在を実感することが、多くの国民にとって次第に困難になってきてゐるといへさうだ。そのやうな状況が今後も続くとすれば、命の連続性を意識しながら、その大切さを確認してきた先人たちの精神的な営為などについて、現代的な継承の方途を検討するやうなことも必要となってくるのではなからうか。

 昨年来のコロナ禍における自殺者をめぐる状況について白書は、「社会全体のつながりが希薄化している中で、新型コロナウイルスの感染拡大により人との接触機会が減り、それが長期化することで、女性や若者の自殺が増加するなど孤独・孤立の問題が一層顕在化している」と指摘した。
 社会全体の繋がりの稀薄化、孤独・孤立の顕在化については、地域共同体における精神的な核としての役割を自任してきた神社としても見過ごせない課題といへよう。実際に日々の生活のなかで孤独・孤立を抱へてゐる人々に対し、どのやうな働きかけが可能で、何を説いていけるのか。自殺者の増加といふ現実について、斯界としても先人たちの精神的営為の継承や、紐帯の強化といった観点から改めて考へていきたい。
令和三年十一月十五日

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