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鎮守の森の 過去・現在・未来 ~そこが知りたい社叢学~ 神社のたたずまひ NPO法人社叢学会理事長 薗田 稔 秩父神社宮司・京都大学名誉教授

令和3年11月22日付 4面

 一
 つい今年の七月に享年九十三歳で亡くなられたが、本学会顧問を務めていただいた生態学者で、とくに鎮守の森の天然植生を活用して国内各地の緑化に貢献された宮脇昭先生が、かつて昭和四十五年に神奈川県の委嘱で調査された結果によると、戦争が終はるまで同県内に三千二百五十カ所ほどあったはずの鎮守の森が、その当時わづか四十二カ所に減ってゐたとのことであった。いはゆる高度成長期の真っ只中で、とくに工業化の先端を進んだ神奈川県でこその悲惨な荒廃ぶりだが、わが埼玉県でも御多分に漏れず、なかでも東京のベッド・タウン化で激しい住宅開発の波に洗はれ、かつての武蔵野の豊かな風物が相当に失はれたことも確かである。当時の日本人の常識では、国木田独歩が称揚した武蔵野の風物など何の役にも立たず、鎮守の森や雑木林は開発の障碍であり、無用の長物でしかなかった。とりわけ街なかの境内など、道路の拡幅や駐車場の用地に格好な空き地とみなされ、神苑の樹叢がいとも簡単に伐り倒される例が、県内各地で生じたものであった。

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