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杜に想ふ 田遊び 神崎宣武

令和3年12月20日付 5面

 一月は、「行事月」ともいふ。
 正月行事や小正月行事が地方ごとに多種多様に展開する。現代は、都市化による勤め人社会であるから、時間的な余裕が乏しくなってをり、そのかぎりでない傾向にもある。しかし、かつて農村社会が基盤にあり稲作豊穣が大義であった時代には、新たな年を言祝ぐ行事が何度もおこなはれてゐたのである。
 そのなかで、あらためて注目しておきたい行事が「田遊び」である。田楽や田植踊りも、これに類する。本来は、田植どきにおこなはれるものであらう。壬生の花田植(広島県)・住吉神社の御田植祭(大阪府)・磯部の御神田(三重県)・会津の御田植祭(福島県)などは、六月から七月にかけての田植どきにおこなはれてゐる。
 一方で、一月の小正月前後におこなはれる予祝行事がある。田植どきの忙しさを避けてこの時期に設定したであらうことは、いふをまたない。
 この時期に田植ができるわけではなく、あくまでもまねごと(模擬)であり、ゆゑに「遊び」ともいったのであらう。拝殿や境内を田圃に見立て、そこで田を鋤いたり苗を植ゑたりするまねごとを演じるのである。
 国の重要無形民俗文化財の指定を受けてゐるものだけでも、田植どきのそれを上まはって相当数がある。山屋の田植踊(岩手県)・板橋の田遊び(東京都)・西浦の田楽(静岡県)・三河の田楽(愛知県)・石井の七福神と田植踊(福島県)・花園の御田舞(和歌山県)などである。
 そこに、神職が関与する場合と関与しない場合とがある。しかし、それらは、古くさかのぼってみると、自然派生的に民間でおこなはれだした行事とみるのがよからう。
 そこでは、田を均すエブリ(エンブリ)がもっとも重要な意義をもつ農具として重用される。田を平らにすると同時に、田によき霊力を斎きこめるとされてきたのだ。
 また、田遊びは、しばしば爺と姥のやりとりが笑ひを誘ふ。あるいは、作男と早乙女のからみが笑ひを誘ふ。それは、抱擁の所作(舞)や性的な会話がはさまれるからだ。
 もちろん、時代を経ておもしろをかしく芸能化もされただらう。しかし、それで田遊びの本義を外すものではない。なぜならば、「五穀豊穣」に合はせて「子孫繁栄」の祈願がなされることになるからである。
 二月になるが、私は、狭野神社(宮崎県)での苗代田祭を拝見したい、と思ってゐる。これまで、そこは見落としてゐた。それも予祝田遊びに相違ないが、そこでは神事としての次第がよく整へられてゐるやうである。たとへば、田人(作男)が神楽の歌を奏す。「庭立ちの歌」も五・七調である。むろん、滑稽な牛方も出るし、主婦(お多福)の腹も膨らんでゐる、といふ。
 ともかく、かうした行事は、つぶさに見学するしかない。いまから楽しみな二月なのである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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