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杜に想ふ 子育ての恵み 山谷えり子

令和4年05月02日付 5面

 皐月は田植ゑの月。
 あらたふと青葉若葉の日の光(芭蕉)
天の恵みを仰ぎ、豊作を祈り、農家の方々に感謝したい。
 ふるさとの田んぼで子や孫と田植ゑをする喜びは別格である。
 端午の節供の空には、鯉のぼりと子供の明るい声がよく似合ふ。団塊の世代の私は、あちこちの空き地で友だちと遊び、友人の家々を回ってはおやつをいただいたものだった。放ったらかしのやうで、放ったらかしでない温かさに包まれた良き時代だったと思ふ。
 最近の子供たちは、塾やゲームなどで忙しく、公園でも数人でゲームをしてゐる姿を見ると、人が生きる真の豊かさとは何なんだらうとついつい思ってしまふ。メディアや政治の場では、“育児の負担”とか“ワンオペ育児”などの表現が平気でなされてゐるが、子育てが負担といふことは、子供を負担と見ることにも繋がり、さうした言葉を耳にするたび胸が痛くなる。
 「ワンオペ育児」といふのは女性がひとりで育児や家事を担ふことで、これはコンビニなど過酷でブラックな労働状況を表す言葉として使はれてゐたものが、育児にも使はれ、マスコミが広げてママたちの間で頻繁に語られるやうになってしまってゐるものである。
 育児は一瞬一瞬の積み重ねで、そこには喜びと苦労もある。しかし、ワンオペだとか負担だとか表現し、負の部分を大きくしてゐては、子育ての恵みが見えなくなってしまふのではないだらうか。人間性を貧しくしていく、恐ろしい言葉だとも思ふ。
 私は三児を授かったが、子育てはラクではなかった。とくに一人目はエネルギッシュベビーで、慣れないことの連続。夫は単身赴任中とあって一人で悩み苦しみもした。しかし、ある日、五月の空の陽ざしをうけるベランダの花を観ながらオムツを替へてゐた時、まるで天から声が聞こえたかのやうに“オムツを替へてゐるあなたのオムツは、母さんが替へてくれたんだよ。母さんのオムツはおばあさんが替へてゐたんだよ”と生命の繋がりを思はせる言葉が降ってきた。瞬間、母や御先祖様への御恩や感謝の気持ちが体中にひろがり、涙があふれ泣き笑ひしながら赤ちゃんを抱きしめたものである。
 子育てはさまざまなことを教へ感じさせてくれる。神仏と出会ったり、御先祖様を思ふ心も深くなる。生命を寿ぐ感性が磨かれ、自然を感じる感性も深くなる。思ひ通りにいかないことを耐へ続ける中で、智恵や喜びを見つける心も鍛へられる。だから私は、講演などで若いママたちに“子育ては負担”といふ言葉を聞いたら耳をふさいで、“子育ては恵み!”と心の中で言ひ返してねと言ってゐる。“柱の傷はおととしの……”“甍の波と雲の波……”端午の節供の歌はなんと愛の心を広げてくれるものであることか。
(参議院議員、神道政治連盟国会議員懇談会副幹事長)

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