文字サイズ 大小

鎮守の森の過去・現在・未来~そこが知りたい社叢学~ 女性宮司の社叢再生の足跡 NPO法人社叢学会理事 前迫 ゆり 大阪産業大学大学院教授

令和4年06月20日付 4面

地域と歩みだす 八重垣神社の姿

 仙台駅から常磐線に乗り換へて一級河川・阿武隈川をわたる。令和四年五月、山元駅に降り立つと、藤波祥子宮司がにこやかに出迎へてくださった。震災後、内陸側に移設された駅周辺はかつての原野ではなく、新緑の田園が広がり、山裾まで多くの家が建ってゐた。
 宮城県亘理郡山元町の八重垣神社を初めて訪れたのは平成二十四年七月であったが、十年といふ歳月をかけてまちが活気を取り戻してゐることを感じた。
 震災の翌年、境内に植栽された一対のサカキ(榊)と、流されずに凜と生育するクロマツ(黒松)が印象的であった(写真1②)。この神社は大同二年(八〇七)に創祀された旧村社、主祭神は神速素盞鳴尊である。海からわづか数百メートルと海岸に近いことから、今も「災害危険区域」に指定されてをり、神社周辺には流されなかった数件の家と原野と田園が広がってゐる。

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧