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論説 「海の日」にあたり 海洋国の繁栄と祝日のあり方を

令和4年07月18日付 2面

 今号発行日の七月十八日は、「国民の祝日に関する法律」(祝日法)によって「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」と定められた「海の日」にあたる。
 明治九年の七月二十日、東北地方の巡幸を終へられて青森市内の浜町桟橋から灯台巡視船汽船「明治丸」に御乗船になられた明治天皇が、無事に横浜へと御到着になられた。昭和十六年には当時の村田省蔵逓信大臣らの働きかけにより、海洋に関する国民の関心を高め、海を活用して世界に雄飛する精神を涵養することなどを趣旨に、この日を「海の記念日」として選定。その後、平成八年からは国民の祝日である「海の日」となり、さらに、いはゆる「ハッピーマンデー法」と呼ばれた祝日法の改正によって、平成十五年からは七月の第三月曜日となって現在に至ってゐる。
 この「海の日」には各地で関連の行事が催されてゐるほか、海開きに際しての神事が執りおこなはれる時期にもあたってゐる。単なる三連休として漫然と過ごすのではなく、海洋国としてのあり方や「国民の祝日」の意義等についての認識を深めたいものである。



 古来、四方を美しく豊かな海に囲まれたわが国は、生きる糧となる海産物はもとより、現代の生活に欠かせない石油や天然ガスなどの海洋資源などを含め、海からさまざまな恩恵を受けてきた。また大陸などとの人的交流や文物の摂取には船舶を利用した海上の往来が欠かせず、その安全を願ふ祈りが神前に捧げられてきた。今も食料・資源の多くを海外からの輸入に依存するわが国にとって、海上交通の安全確保は生命線である。
 昨今はロシアによるウクライナ侵攻にともなふ世界的な食料危機への懸念、海上覇権を目指す中国の存在、とりわけ台湾有事への危惧など、さまざまな課題がある。海洋国であるわが国の平和や安全、国民の日々の生活を脅かしかねないやうな状況も生じるなか、四方を囲む海が国内における人々の生活を支へ、さらに国外とのさまざまな関係性の上でも重要な位置付けにあることを再確認しておきたい。



 この「海の日」に際し、東日本大震災の被災地である福島県いわき市の小名浜港では、震災の記憶を後世に語り継ぎつつ、かつての豊かな海や生活の復興を願ひ、犠牲者の御霊を鎮めることを目的に神社関係者による「千度大祓」が執りおこなはれてきた。新型コロナウイルス感染症の影響により一昨年・昨年は中止となったが、三年ぶりとなる今年は第十回の節目の「千度大祓」となる。
 先人たちは、人智を超越した自然の働きに神々の存在を感得し、その恩恵に感謝する一方、畏怖の念も抱いて祈りを捧げてきた。東日本大震災においては、さうした自然に対する畏怖の念について、現代社会に生きる我々がややもすれば忘れがちではなかったかとの指摘もあった。「海の日」にあたっては自然の恩恵に感謝するだけでなく、先人たちが同時に畏怖の念も抱いてきたことについて改めて思ひを致したい。
 加へて昨今は、プラスチックごみの流出などによる海洋汚染も深刻な課題となってゐる。かつて神道青年会などでは「神々が宿る自然を守らう」との趣旨から海岸の清掃奉仕をおこなふやうな取組みがあり、近年も同様の事例が見られるが、さうした観点からの地道な活動も重要といへるだらう。



 「海の日」のやうに祝日を月曜日とすることで土曜・日曜と合はせて三連休とするいはゆる「ハッピーマンデー法」は、国民の福利厚生の充実や経済的な波及効果を期待したものだといふ。ただ、かねて本来の由来などとは縁のない日を「国民の祝日」とすることへの違和感なども論じられてきた。
 また、戦後の祝祭日の改変により廃止された「紀元節」については斯界も積極的に関はった「紀元節復活運動」により「建国記念の日」として復活したが、現在は十一月三日の「文化の日」を戦前の「明治節」に倣ひ「明治の日」と改称しようとする運動も進められてゐる。「海の日」にあたり、海洋国としての繁栄に向けたわが国の進むべき道をはじめ、先人たちの自然観や昨今の海洋汚染の課題、さらには「国民の祝日」の意義について改めて考へる機会としたい。
令和四年七月十八日

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