文字サイズ 大小

杜に想ふ 雨乞ひの山 神崎宣武

令和4年07月25日付 5面

 今年は梅雨明けが早かった。九州南部、東海、関東甲信が六月二十七日。関東甲信では統計のある昭和二十六年以降で最速の梅雨明けだ、といふ。
 そして、熱中症対策と節電の呼びかけもはじまった。当然のことである。しかし、稲作における水利対策は、なぜかでてこない。官民ともに稲作への関心が薄まってゐるからだらうが、ことは重大で、無視できることではないのである。
 用水路の整ってゐる平野部ではともかく、中山間地域での多くが天水と溜池に頼る旧来の稲作を伝へてきてゐるのである。ほとんどの水田では田植ゑが終はって間もないころ、まだ水が必要である。農薬を撒くにしても、水を張ってゐないと効き目がない。日本全体でみると、さうした中山間地域での稲作がまだ多いはず。都市生活になじんだからといって、また都市部での集票・集客が優先されるからといって、それを無視することは許されないだらう。なぜなら、稲作は長く日本文化の基盤をなしてきた生業であったからである。
 折しも、食糧自給率を高めなくてはならない国際情勢がある。ならば、なほのこと稲作を見直さなくてはならないだらう。中山間地域の水田を涸らしてはならないのだ。さうでなくても過疎化が進み、からうじて稲作の何割かを保ってゐる村落が少なくないのである。
 かといって、渇水期にどう補水するか。その対策は、容易なことではない。歴史をふりかへってみても、ほぼ絶望的なことでもあった。
 そこで、人びとは、水神を崇めて雨乞祭をおこなったのだ。
 それを川の淵辺でおこなふ事例もあったが、多くは小高い山に登っておこなった。水も山から恵まれるもの、水神も山の神に帰属するもの、としたからである。
 その雨乞ひの山の象徴的な名称が「竜王山」である。地図の上で確かめてみると、長野県に一件、滋賀県四件・大阪府二件・兵庫県一件・奈良県二件・岡山県二十二件・広島県十四件・山口県二件・徳島県四件・香川県五件・愛媛県一件・福岡県一件・大分県が三件、合計で六十二山となる。地図に載らない類似の俗称もあるだらうから、実際にはその何倍かの雨乞ひの山があったであらう。
 私が実際に確かめた最近の事例は、平成三十年の八月初旬、山形県は米沢盆地のハヤマ(葉山=集落近くの小山)でのそれである。旱魃の虞がでてきたといふので、老人たちが雨乞ひの祈願をしてゐた。
 俗信といへば、それまでである。しかし、竜王神の助けを借りないことにはいかんともしがたい天地の異変や不測の事故があるのだ。その信仰をないがしろにはできないだらう。
 私も、七月の帰省時に、祖父が書いた祕伝書にある座神楽(一人神楽)での雨乞祈祷をしてみよう、と思ってゐるところである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧