杜に想ふ
平和な景色 神崎宣武
令和5年11月20日付
5面
ラグビー熱が昂ってゐる。
日本チームは、ワールドカップの一次予選で敗退したが、その後も決勝トーナメントの試合がテレビ放映もされた。これまでにない盛り上がりであった。
かくいふ私も、テレビ観戦にすっかりはまった。ただの体力勝負ではなく、作戦の駆け引きが随所に見受けられるのがおもしろい。
贔屓のチームはあっても、贔屓のひきだふしにはなりにくい。たとひ敵方であっても、間隙をぬってのトライが決まると爽快である。
ワールドカップの盛り上がりの象徴は、ラグビー神社の設置であらう。正式には「丸の内ラグビー神社」。ワールドカップ開催中の開設で、前回(令和元年〈二〇一九〉)の時もさうだったといふが、私の記憶には乏しい。今回は、その近くで会食の約束があったので、少し早めに出かけて参拝した。
もちろん、大規模なものではない。鳥居に相当する両柱も案内板も赤が基調。巨大なビルのガラス面を背景に建つ。祭神は、下鴨神社(京都市)の境内に祀られてゐる神魂命を分祀した、とある。ラグビーボールの形をした絵馬がかかってもゐる。参っていく人よりも通りがかりにスマホで写真を撮っていく人が多いが、皆にこやかである。
何と平和な景色だらうか。宗派教義に偏ることのない多神信仰とでもいはうか。万象に神霊が宿る。古くは、多くの民族が共有してゐたはずのアニミズム。それが、日本では現代にも連綿と伝承されてゐるのである。
都市型の信仰形態ともいへるだらう。江戸の町での流行神にも相通じるところがある。
たとへば、稲荷信仰。京都の伏見稲荷を尊ぶとするが、江戸での稲荷は屋敷神であり、やがて商業神にも転じた。恵比寿信仰もさうで、海上の守護神が大黒天と相対することで屋敷神とも商業神ともなった。大黒・恵比寿を含んでの七福神も新たに宝船に乗り合はせて登場した。その他にも、頭痛には高尾稲荷や京橋の欄干、疱瘡には浅草寺の仁王や鎧の川渕などの霊験あらたかな流行神が多数『江戸神仏願掛重宝記』に載ってゐる。
代々が継ぐ土着の信仰をもたない、もってゐても近隣とも共有できない都市ならではの「信仰の創造」といへるだらう。それによって、信仰が多様化もした。
あらためて、しあはせなアニミズムワールドと認識しなくてはなるまい。そこでは、流行にのるもよし、のらぬもよし。教義はもとより無きに等しいのだから、互ひが対立して競ふことはない。
現在、たとへば中東では、宗教的な対立によって戦争さへも勃発してゐる。その火種を抱へてゐる国や地域は、他にもある。それを他山の石とみることはできないが、日本はさうした抗争にもっとも遠いところにあるのだ。そのことを、しかと再認識しておかなくてはなるまい。と、ラグビー神社の前で思ったことであった。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)
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