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論説 新嘗祭 先人たちの労苦と叡智に学ぶ

令和5年11月20日付 2面

 今年も十一月二十三日の新嘗祭の日が近づいた。この日、天皇陛下には宮中・神嘉殿で新嘗祭を御親祭になり、お手づからお育てになられた新穀を含め、今秋収穫された新穀を皇祖をはじめ神々に御親供遊ばされるとともに、御親らも聞し召される。また伊勢の神宮には勅使を差遣されて奉幣せられてゐる。このほか、全国の神社でも宮中の新嘗祭にあはせて祭典を斎行。新穀の収穫に感謝し、皇室をはじめ国家・国民の平穏と繁栄とを祈ってゐる。
 今年は、六月以降の大雨や断続的な日照不足、さらにその後の記録的な高温や少雨により、水稲の収穫量や品質に少なからず影響もあったと聞くが、まづは新嘗祭にあたり、今年の稔りに感謝を捧げたい。


 新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが五類へと引き下げられてから半年が経過した。夏期にある程度の感染拡大が見られたものの、社会・経済活動が日常に戻りつつあるのは喜ばしい限りである。さうしたなか、今秋はこれまで疫禍のなかで規模縮小などを余儀なくされてきた抜穂祭が従前に復する形で再開され、久しぶりに子供たちによる稲刈体験などがおこなはれる事例も多く見られた。
 かうした稲作体験については、かねてから各地の神社庁・支部や神社、指定団体などで実施されてきた。このうち例へば全国氏子青年協議会では平成二十二年から各地の神饌田で稲作に取り組み、収穫された新穀を伊勢の神宮に奉納する「神宮新穀献米事業~知ろう、学ぼうお米作り~」を実施してをり、今年もまもなく神宮への奉納をおこなふ予定だ。この事業の開始当時、目前に控へた神宮式年遷宮の奉賛・宣揚とともに次代を担ふ青少年の育成が目的に掲げられてゐたが、すでに今年で十四回目を迎へ、初回に参加した小学生などが成人するほどの回数を重ねてきた。
 疫禍が収束に向かふなか、かうした地道な事業の継続、さらにはより積極的な展開が、稲作と祭祀の振興に繋がることを期待するものである。


 かうした稲作や、そのほか農業全般にかかる体験活動については、農業協同組合や自治体、個人経営の農園などに至るまで、それぞれ工夫を凝らしながら各地で実施されてゐる。その内容や参加方法などを紹介するウェブサイトも見られ、一定の人気があるやうだ。斯界においても、稲作体験にあたり地元の農協と協力してゐる事例は少なくないが、このやうな一般における取組みを参考としたり、より広く連携を検討したりするやうなことも考へたい。
 わが国においてはかねて、農業従事者の高齢化や減少、食料自給率の低下などが懸案とされ、さらに昨今はフードロス、食料安全保障などを含め多岐に亙る課題が指摘されてゐる。稲作をはじめとする農業体験は、さうした課題に対する理解を深め、問題意識を共有する機会ともなるものだらう。地元関係者との協力・連携のなかで、わが国における稲作・農業をめぐる課題、そしてなにより自然の恵みに感謝を捧げる祭祀の意義についても啓発に努めていきたい。


 近年は地球規模で自然環境への関心が昂るなかで、持続可能な開発目標や生物多様性の保全の重要性などが指摘されてゐる。さうしたなかで、わが国において先人たちが大切にしてきた「自然との共生」といふことの意義も、ますます増してゐるといへるのではなからうか。
 ただ今年は、先にも少し触れたやうに梅雨前線の停滞・線状降水帯の発生などにともなふ大雨や記録的な猛暑など、これまでにないやうな不順な天候に見舞はれてゐる。また秋には関東大震災の発災百年にあたり、改めて首都直下地震をはじめ大規模自然災害への注目が集まった。さうした天候不順や地震など大規模自然災害による脅威などを思ふ時、「自然との共生」といふことが決して簡単ではないことを改めて感じさせられる。
 新嘗祭を迎へるにあたり、稲作と祭祀を続けるなかで人智を超えた自然の働きに神々の存在を認め、その恵みに感謝を捧げるとともに畏敬の念を抱きながら、「自然との共生」に努めてきた先人たちの営みの尊さを顧みたい。稲作をはじめとする農業体験が、先人たちの労苦や叡智について学びを深めるきっかけともなることを切に望むものである。
令和五年十一月二十日

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