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論説 能登半島地震一カ月 被災地支援と防災・減災

令和6年02月05日付 2面

 能登半島地震の発生から一カ月が経過した。石川県によれば死者は二百三十人を超え、四万棟以上の住家被害があったほか、いまも多くの人々が避難生活を余儀なくされてゐる。改めて犠牲者に哀悼の意を表するとともに、遺族・被災者にお見舞ひを申し上げたい。
 この一カ月間、日々明らかとなる被災地の惨状は目を覆ひたくなるほど厳しく辛いものであった。災害関連死の増加なども懸念されるなか、被災者の救援をはじめ、復旧・復興の後押しとなるインフラの早期恢復が望まれることは言を俟たない。加へて、ここ数年は各地で大規模な自然災害が頻発してゐる。さうしたことに鑑みれば、被災地支援をはじめ今後の防災・減災のあり方について、改めて検討を進めておくことも必要だらう。


 今回の地震で甚大な被害のあった石川県能登地方は、かねてから過疎化に悩まされてきた地域である。今回の被災が、さうした状況をさらに加速させることも危惧される。
 過去の自然災害では、神社における神事や祭礼が被災した氏子にとって希望の灯となるやうな事例も見られた。ただ今回の地震では過疎地における広範かつ深刻な被害といふ事態も相俟って、将来的な地域社会のあり方をはじめ、そこで神事や祭礼をいかに執りおこなっていくのかも今後の課題となってこよう。
 とくに能登地方には、「奥能登のあへのこと」「青柏祭の曳山行事」「熊甲二十日祭の枠旗行事」など、著名な神事や祭礼、民俗行事が多く伝へられてゐる。それらは住民個々の地域に対する誇りや愛着、所属意識を生み出すものであり、地域社会の絆を強化する役割も果たしてきた。いまだ日々の暮らしさへ困難な被災地の現状にあって、もちろん即座に対処することはできないだらうが、かういった神事や祭礼、民俗行事の継続は震災復興を進める地域の精神的な拠り所とならう。今後、さうした斯界ならではの視点に基づく被災地支援のあり方も摸索したい。


 能登半島地震が発生した一月一日は、いふまでもなく初詣のため神社に多くの人々が集ふ日で、都市部からの帰省者によって地域の滞在人口も増える時期にあたってゐた。初詣参拝者をはじめ、巫女・神職などの奉仕者が死傷するやうな大きな被害は報告されてゐないものの、鳥居や灯籠など石造建造物の倒潰は数知れず、社殿の損壊なども多数報告されてゐる。
 能登地方は平成十九年、令和四年、同五年に震度六以上の地震を経験するなど、ここ数年は地震回数が増加傾向にあった地域で、歴史的には約三百年前の享保十四年(一七二九)にも大きな地震を経験した。今回の地震では、耐震化の遅れや大きな地震が相次ぐなかで補修等が行き届いてゐなかったことが、建造物倒潰による圧死者の増加など被害の拡大を招いたとの指摘もあり、耐震化など平素からの防災・減災の取組みの重要性が改めて確認されたといへよう。
 ただ耐震化や防災・減災といっても、能登地方のやうに過疎化が進み高齢者が多かったり、相次ぐ地震被害に見舞はれてゐたりする場合など、それぞれの実情はさまざまだ。また、さうした取組みには少なからず経費がかかることもあり、すべての神社が同様に対応できるものでもない。今後、東日本大震災を機に神社本庁が作成した『神社本庁災害対策要領』などを参考にしつつ、専門家の知見等を取り入れながら対策を考へていくやうなことも重要とならう。


 神社本庁では今回の地震にあたり、斯界挙げての対処が必要との観点から、義捐金募集を開始。神社庁との連携のもと現地に職員を派遣し、被害状況の把握などに努めてゐる。また、来る二月二十七・二十八の両日には昨年から準備を進めてきた「神社本庁災害対策研修会」が開催される予定とのことで、災害対策を学ぶ取組みの一つとして大いに期待されるところだ。
 自然災害のリスクの昂りが指摘されるなか、もはやいつどこの神社が被災してもをかしくないやうな状況にある。能登半島地震における被災地支援を進めながら、その経験・体験をも踏まへつつ、過疎地での災害対応や、今後の防災・減災に向けた対策などについて、神社本庁や神社庁、個々の神社・神職が一丸となって、まづはできることから検討を始めたい。
令和六年二月五日

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