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論説 祈年祭を前に 歴史顧み被災地への思ひも

令和6年02月12日付 2面

 今年もまもなく二月十七日の祈年祭を迎へる。
 天皇陛下にはこの日、宮中三殿における祈年祭の儀に出御され、賢所・皇霊殿・神殿それぞれにおいて御拝礼遊ばされる。また伊勢の神宮では、勅使参向のもと祈年祭を斎行。大御饌の儀に続き、天皇陛下よりの幣帛を神前に奉る奉幣の儀が執りおこなはれる。これにあはせ、全国各地の神社でも皇室・国家の安寧を祈るとともに、稲の豊穣をはじめ、あらゆる産業の発展を願って祭典が斎行されることとなる。
 祈年祭にあたり、国家・公共の安寧を祈る国家的祭祀としての歴史を再確認しつつ、稲作をはじめとする産業の発展、それに基づくわが国の隆昌を祈念したい。


 今年は年頭に能登半島地震が発生し、能登地方では基幹産業である農林水産業、七尾市の和倉温泉を中心とする観光業、輪島塗に代表される伝統工芸など、生活基盤としての産業にも甚大な被害があった。現在も日々の生活はもとより、さうした産業の再開に向けた見通しさへ立たないやうな厳しい状況が続いてゐる。
 このうち、例へば国際連合食糧農業機関(FAO)が認定した世界農業遺産「能登の里山里海」の象徴的な構成要素で、国の名勝にも指定されてゐる「白米千枚田」では、田圃や畦道に深い亀裂が生じ、今年の作付けを危ぶむ声も聞かれるといふ。また、田の神を迎へて饗応する農耕儀礼として国の重要無形民俗文化財に指定され、国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産にもなってゐる「奥能登のあへのこと」をめぐっては、行事の延期や簡略化などの検討を余儀なくされる事例もあるやうだ。
 皇室・国家の安寧はもとより、稲の豊穣をはじめ、あらゆる産業の発展を願ふ今年の祈年祭の祈りに、能登地方の被災地における一日も早い平穏な日常の恢復、そして復旧・復興への思ひも重ねたいものである。


 わが国の稲作をはじめとする農業をめぐっては、今国会において「農政の憲法」といはれてきた「食料・農業・農村基本法」の改正案提出が予定されてゐる。「食料安全保障の抜本的な強化」「環境と調和のとれた産業への転換」「人口減少下における生産水準の維持・発展と地域コミュニティの維持」といった観点に基づく改正とされ、その具体的な内容、将来的な運用のあり方が注目される。
 このうち「食料安全保障の抜本的な強化」においては、農産物の輸出に関する政策的意義として国内生産基盤の維持の観点を追加するとともに、増大する海外需要に対応し、農業者や食品事業者の収益性向上に資する輸出促進が重要である旨を位置付けるといふ。をりしも農林水産省が一月三十日に発表した「二〇二三年の農林水産物・食品の輸出実績」によれば、昨年の農林水産物・食品の輸出額は過去最高の一兆四千五百四十七億円に上ったといふ。かうした輸出拡大の成果を国内生産基盤や地域コミュニティの維持に還元するなど、食料・農業・農村をめぐる好循環を生み出すやうな取組みにも期待したい。


 第十代・崇神天皇の詔に「農は天下の大きなる本なり。民の恃みて生くる所なり」とあるやうに、古来、農業ことに稲作は国家の存続、国民の生命を担保する国の基盤であり、そのことは詔から二千年を経た今も変はらないだらう。先人たちは稲作を営むなかで、神々への畏敬と感謝の念を以て神社での祭祀・祭礼や農耕儀礼を執りおこなってきた。それは全国それぞれの地域において豊かな精神文化・食文化などを育みながら、地域の特色、誇りともなってきたのである。
 もちろん農業に限らず産業の発展のためには、輸出競争力の強化などに基づく収益性の向上が欠かせないことはいふまでもなく、さうしたことは、かねてからの農業従事者の後継者不足といった課題を解決するためにも重要だらう。加へて、先人たちが培ってきた地域それぞれの文化、祭祀・祭礼や農耕儀礼の継承の大切さについても忘れずにゐたい。
 今年の祈年祭にあたり、国家的祭祀としての歴史や先人たちの営みを顧み、また能登半島地震の被災地に思ひを寄せつつ、食料・農業・農村のこれからについて考へたいものである。
令和六年二月十二日

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