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論説 神青協中央研修会 日常の恢復と大同団結

令和6年03月25日付 2面

 三月七・八の両日、北海道札幌市において令和五年度神道青年全国協議会中央研修会が開催された。
 中央研修会は昨年に続き、従来通りの形に復して開催されてゐる。しかしこれまで新型コロナウイルス感染症蔓延の影響により、中止や「まん延防止等重点措置」の対象地域からの参加制限など、通常とは異なる対応を迫られてきた。昨年五月に新型感染症の感染症法上の位置付けが五類へと引き下げられ、社会・経済活動を含め次第に日常が戻るなか、四年ぶりに全員の対面参加が叶ったのが昨年のことだった。
 研修会をはじめ各種活動が制限されるなか、会員相互による協力のもと試行錯誤を重ねてきた神青協。疫禍を乗り越えてきたその経験を、ぜひ今後の活動にも活かしてほしいものである。


 もちろん疫禍を乗り越えて日常を取り戻したとはいへ、内外を見渡せば決して楽観視できる状況にはない。今回の研修会の開催趣旨にもあるやうに、海外においてはロシアによるウクライナ侵攻により国際秩序が大きく揺らぐなか、北朝鮮によるたび重なる弾道ミサイルの発射や台湾有事への懸念など、わが国の外交・安全保障をめぐっても難しい舵取りを迫られてゐる。また国内では、過疎化により神社の護持・運営の基盤といへる地域社会の衰頽が避けられないやうな状況にある。
 国家や地域社会が安定してこそ初めて日常も安定するのであって、「未来への礎~青年神職に伝へたいこと~」を主題とした今回の中央研修会からも、さうした神青協の問題意識が窺へた。日程中の講義では、国家の危機への対処、地域の連携・振興の方途、そして、さうした内外の課題に対して神青協ひいては斯界としてのあり方を考へるべく、組織作りに関はる内容が設定されてゐた。
 めまぐるしく移り変はる時代のなかで、斯界の尖兵として、また次代を担ふ世代として問題を敏感に感じ取りつつ、引き続きその解決に向けた検討に取り組んでほしい。


 今年四月、神青協は創立七十五周年の記念大会の開催を予定してゐる。七十周年からのこの五年の間には、前述の通り新型感染症といふ前例のない脅威との戦ひがあった。
 そもそも神青協は、各種活動を通じてわが国の正しい発展と神社神道の興隆を期すことを目的に掲げ、とくに会員相互の研鑽と親睦に重きを置いてきた組織である。研修会に限らず全国から会員が参集して研鑽・親睦を深めてきたが、疫禍においてさうした当たり前の日常が失はれるなかで、会員一人一人がそのありがたさを改めて実感したことであらう。
 「神道は日用の間にあり」(渡会延佳『陽復記』)とする古言もあるが、何気ない日常のなかに潜む神祇の霊妙な働きに気付き、感謝・自省することこそ神道の出発点といへるのではなからうか。終戦直後、GHQによる神道指令の発出も相俟って未曽有の精神的荒廃が懸念されるなか、常に神祇と共にある日本人の日常、日本社会の精神的基盤である神社を守らうといふ思ひが先人たちの行動の原動力になった。さうしたなかで発足したのが神社本庁であり、また神青協でもあったといふことを改めて確認しておきたい。


 先に挙げた神道指令の発出にともなふ戦後の危機に限らず、神葬祭復興運動、神祇官興復運動、国有境内地処分問題、神宮の真姿顕現など、神社の興廃に関する諸問題に際し、神道人は相集ひ、相議ることで解決策を見出してきた。各神社においても神職だけではなく総代や氏子と力を合はせることで、祭祀・祭礼の厳修・振興が図られる。神社界の強みは関係者が常に全体のことを考へ、個人の利害や感情のわだかまりを超えて大同団結してきたことにあるといへよう。その原点は高天原における神議りに遡り、神習ふ行為ともいへるのではなからうか。
 このやうに関係者が集ひ、胸襟を開いて語り合ふといふ当たり前の日常は実はありがたいことで、神青協にとって組織の出発点といへる。七十五周年の記念大会を前に、現代的な課題を見据ゑつつ、基本に立ち返るやうな研修会が開催されたことは頼もしい限りであり、さうした青年神職の大同団結の輪がさらに広まり、斯道護持の基盤となることを切に願ふものである。
令和六年三月二十五日

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