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杜に想ふ 柏葉の風 八代 司

令和6年05月20日付 5面

 日本海に突き出たやうな地形から、現代では「陸の孤島」と蔑称的にも言はれる能登半島。しかし往昔は大陸から渡来する人や文物が流入する玄関口で、藩政期には北前船による海運で大いに賑はひ、半島各地には独自で多彩な祭礼行事が数多く伝はってゐる。
 祭りの木遣りでも「能州、七尾の港」と唄はれ、出船入船で栄えた能登七尾に鎮座し、山王さんと親しまれる大地主神社の例祭「青柏祭」を今年も奉拝することができた。
 祭礼の目玉は通称「でか山」と呼ばれる三台の曳山。その大きさたるや高さ十二メートル、重さ二十トンに及ぶ。三階屋を超える山車が市中を曳行され境内に据ゑ置かれるもので、国の重要無形民俗文化財に指定され、ユネスコ無形文化遺産にも登録されてゐる。
 しかし今年は元日の能登半島地震により道路の損傷被害が大きく、安全性の確保が難しいとのことから二月中旬には運行中止が決まったと報道されてゐた。私自身は隣町の生まれのため氏子ではないのだが、能登路に初夏の訪れを告げる代表的な祭礼の中止は、私でさへも寂しさを感じるのだから、祭り好きな氏子の方々の落胆は察するに余りある。
 皮肉なほどに好天に恵まれた五月四日早朝。神社役員の方々とは一年ぶりに顔を合はせるのだが、今年は震災からの互ひの無事を確認できて再会の喜びも一入。二十年間も毎年お祭りに列してゐると、顔も名前も覚えてくれてゐる方も多くいらっしゃって嬉しい。
 朝一からとりわけ元気に立ち働く奉賛会長に「元気な顔が見られて良かった」と挨拶をしたら、「顔は元気だけど、心は被災してゐる」と即座に笑顔で応へられた。これには礼服姿で居並ぶ他の総代役員の方々とともに互ひに大笑ひ。遅々として見通しがつかない復興への道のりに苛立ち、心は急いでも如何にもならないと些か諦めさへ漂ってゐるのを互ひの笑顔で吹き飛ばさうとする力強ささへ感じた。
 宮司の親戚筋や近郷の神社の宮司さん方が助勤奉仕のため参集し、「青柏祭」の名が示すやうに青々とした柏葉の上に盛られて神饌が調へられ、その数は古例のままに合計三十九台にも及ぶ。冠に柏葉の挿頭を著けた宮司さんをはじめとし、狩衣の色もとりどりな装束姿の神職方は実に十七・五人。御祭神の本社である近江の日吉大社でも由緒深い藤棚の花が満開の境内に、本来であれば朱塗りの山王鳥居傍に曳き据ゑられる三台のでか山の若い衆ら多くの祭礼関係者が参集して粛々と神事が斎行された。
 さて、前記の神職数の〇・五にお気づきだらうか。宮司さんのお孫さんで、禰宜さんの御長男が数へ五歳となり、地元の吉例により袴着とのこと。殿内では居並ぶ神職の末席で胡床に著き、その愛らしい初めての狩衣姿には誰もが自然と笑顔となった。
 最高の青空の下、柏の若葉にそよぐ風を感じながら、祭りを通じた能登の復興と未来に想ひを馳せた。
(まちづくりアドバイザー)

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