論説
新嘗祭を控へて 稲作・祭祀と伝統的酒造り
令和6年11月18日付
2面
今年も十一月二十三日の新嘗祭の日が近づいた。
この日、天皇陛下には皇居・神嘉殿で新嘗祭を御親祭になられ、今年収穫された新穀を御親供遊ばされて御親らも聞し召されるとともに、皇祖・天照大御神を祀る伊勢の神宮に勅使を御差遣になり奉幣せられてゐる。これにあはせ、全国各地の神社でも新穀の収穫に感謝し、神恩奉謝の意をこめて、皇室の彌栄をはじめ国家・国民の安寧を祈念する祭祀が執りおこなはれる。
皇室・神宮・全国神社での祭祀にあたり、わが国における稲作と祭祀の伝統、また、その悠久の歴史のなかで育まれてきた文化を護持・継承していくことの大切さを再確認したい。
○ その新嘗祭をはじめ、祭祀において重要な神饌の一つとして神前に捧げられてきた「日本酒」が改めて注目を集めることとなりさうだ。
文化庁はこのほど、わが国がユネスコ無形文化遺産代表一覧表への登録を提案してゐた「伝統的酒造り」について、無形文化遺産保護条約政府間委員会の評価機関より「『記載』(登録)することが適当」との勧告がなされたことを発表。この勧告を受け、十二月二日から七日まで南米・パラグアイ共和国のアスンシオンで開催される第十九回政府間委員会において最終決定がなされる予定だといふ。
「伝統的酒造り」は、「杜氏・蔵人等が、こうじ菌を用い、日本各地の気候風土に合わせて、経験に基づき築き上げてきた、伝統的な酒造り技術(日本酒、焼酎、泡盛等を造る)」が対象。「日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術の保存会」と日本酒造杜氏組合連合会をその担ひ手とする。杜氏や蔵人をはじめとする関係者はもとより、原料となる米や麦・甘藷(サツマイモ)の生産地などでは、早くも需要拡大への期待が昂ってゐるやうだ。
「和食・日本人の伝統的な食文化」が同じくユネスコ無形文化遺産代表一覧表に登録されてから十年の節目を迎へた昨年、その保護・継承に向けた各種行事がおこなはれたが、今後は「伝統的酒造り」とあはせた内外への情報発信なども可能だらう。
○ 農林水産省の資料「日本酒をめぐる状況」(令和六年九月)によれば、日本酒の国内出荷量はピーク時の昭和四十八年には百七十万㌔リットルを超えてゐたが、その後は他のアルコール飲料との競合などから減少傾向が続き、昨年は三十九万㌔に留まってゐる。そもそも、日本酒に限らずアルコール飲料全体の国内出荷量が減少してをり、酒類別内訳の長期的な傾向を見ると、消費者志向の変化等により日本酒・焼酎・ビールなどが減少し、チューハイなどのリキュール等が増加してゐるといふ。さうした一方で、日本酒の輸出量は海外での日本食ブーム等を背景に増加傾向で推移。この二十年間で、八千㌔から三万㌔ほどにまで増加してゐる。
国内出荷量の減少傾向になかなか歯止めがかからないなか、海外への輸出が需要拡大に向けた活路の一つともなりさうだ。「伝統的酒造り」のユネスコ無形文化遺産代表一覧表への登録を、「日本酒」などのさらなる海外輸出の契機とするとともに、原料生産を担ふ稲作を含む農業をはじめとした関連産業の振興や、生産地の活性化などにも繋げたい。
○ 「伝統的酒造り」が関係者にとって日々の生活を支へる生業として成り立ち得ることは、酒造りの技術を継承していくために不可欠であり、そのやうな意味でも海外輸出などを含めた需要拡大が求められる。また、さうした経済的・経営的な側面とともに、「伝統的酒造り」、また醸造された「酒」に関係するさまざまな文化の護持といふ視点も重要だらう。
なにより秋の稔りに感謝し、その年の新穀をはじめとする御饌・神酒を神前に供へて斎行される新嘗祭こそは、神代から連綿と続くわが国の歴史伝統や精神文化を象徴するものといへる。まづは、天皇陛下が現在も宮中において御親ら稲作と祭祀とをおこなはせられてゐることのありがたさに改めて思ひを致しつつ、大御手振りに倣って祭祀の厳修に努めたい。加へて、「伝統的酒造り」の技術や関係する文化の護持・継承なども見据ゑながら、わが国の稲作の振興について考へていきたいものである。
令和六年十一月十八日
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