文字サイズ 大小

杜に想ふ 命の道路 八代 司

令和7年06月30日付 5面

 「故郷やどちらを見ても山笑ふ」との名句がある。辞典で「山笑ふ」をみると「春の山の草木が一斉に若芽を吹いて、明るい感じになるようすをいふ」と記される季語。故郷能登の野山を眺め、春のささやかな喜びに浸り、爽やかな五月の薫風を感じた青葉若葉の新緑に藤が映える季も過ぎ、いつしか深緑ともなって六月も末となった。
 一方、復興は進まない故郷の能登だが、祭りを活かした街づくりに取り組むK氏がゐる。以前より担ひ手不足の地元の祭りに学生ボランティアを募って振興に尽力するなど、彼の企画実践と広報力に敬服してゐる。
 彼とは産土神社の同じ氏子であるが、年齢と住む地域が少し離れてゐるため昔から見知ってはゐるものの、年に一度の祭礼で挨拶する程度。近頃はゆっくりと話したことはなかったのだが、ひょんなことから、一昨年の秋、彼の導きで産土神社の若い禰宜さんと三人で地元の居酒屋で杯を酌み交はすことができた。二人からは後継者問題や神社の在り方や祭礼へ寄せる熱い想ひを聞き、極めて感慨深いひと時を過ごせた。
 しかし、それから程なく、正月元日の能登半島地震が発生。自身も相当な被災者であるK氏なのだが、崩落した鳥居など被災神社の状況写真を逐一電子メールで送ってもらひ、情報交換ができたことはありがたく、思ひ出しても感謝の一言に尽きる。
 そのK氏からの電話で、あらためて感服したのは昨年の六月のこと。地元で「虫送り」として親しまれる「除蝗祭」は稲の生長を祈る祭礼で、例年は隣接する地区と同日におこなはれる特色ある行事なのだが、被災によって行事全体を見詰め直すといふ話だった。
 彼によると、水路に水を引くことができず、地割れなどの修復もできない状況で作付面積も大きく減少。また例年の道順である農道は奥能登へ緊急車輛が向かふための迂回路ともなったことから「命の道路に感謝を伝へたい」との思ひとともに、「米作りができない状況を地元の子供たちにも見てもらひ、何かを感じてもらふことが大切」との声は熱く、「虫送りと厄払ひの意味」でおこなひたいとのこと。
 平成十九年の能登半島地震より交流を深めた神戸市の被災地支援団体や農家への支援活動をおこなってゐる県内の大学サークルと協働し、地元の壮年団が一丸になっての活動の数々はブログで紹介され、折に触れて読ませてもらひ元気をもらってゐる。その壮年団には団歌があり、「嗚呼玉杯に花うけて」の節で歌はれる詩句に「濱ぞ祖先の拓きたる尊き瑞穂の理想郷」とあり、読み返しても感慨深い。あの居酒屋も地震により閉店して解体されたが、いつかまた三人で飲む時に思ひを馳せて、彼らに陰ながらエールを送りたい。
 田んぼに立てられた除蝗祭の御幣が風に揺れる景色を車窓から眺めた頃を思ひ出しつつ、一人で暮らす母の顔を見るために今日も能登へと向かふ。
(まちづくりアドバイザー)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧