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論説 神宮大麻頒布の季節 頒布活動と地域社会

令和7年12月01日付 2面

 今年も師走を迎へ、残すところちゃうど一カ月となった。斯界においては迎春準備が始まるとともに、神宮大麻の頒布が本格化する季節にあたる。
 昨年、天皇陛下より御聴許を賜り、正式に御準備が始められた第六十三回の神宮式年遷宮。今年五月には陛下による日時御治定のもと山口祭・木本祭が斎行され、引き続き御杣始祭・裏木曽御用材伐採式、御樋代木奉曳式、御船代祭が執りおこなはれてゐる。
 神宮大麻頒布、遷宮奉賛、参宮促進は神宮奉賛の三本柱といはれてきた。寒さ厳しいなかで頒布活動に尽力する奉仕者に敬意を表するとともに、遷宮奉賛に向けた活動を見据ゑつつ、その相乗効果により、神宮大麻の頒布にもさらなる成果が得られることを期待するものである。


 この神宮大麻の頒布方法は、神社あるいは地域によって異なる。
 例へばある地域では、自治会の回覧板で神宮大麻・氏神神札の授与についての希望を確認し、その取纏めに基づいて会合の際に総代を介して頒布。回覧板を廻す際には一工夫があり、最初に総代自身が用紙に名前を書き入れ、拝受を希望する旨を記載しておくことで、申し込みやすい雰囲気づくりに努めてゐるといふ。かうした方法に対し、神職・総代が各戸を廻って積極的に頒布するのが望ましいとする考へもあらう。それは、かねてより新興住宅地や団地などにおける増頒布対策として、各地で熱心に取り組まれてゐる方法でもある。
 神社本庁が今年六月に刊行した第三回「伊勢神宮」に関する意識調査の報告書によれば、神宮大麻を受けてゐると答へた人に、どのやうに受けてゐるかを尋ねたところ、「地域の世話人を通して」の四一・一%が最も多く、「神社へお参りして」の三一・一%、「伊勢神宮へお参りして」の一一・七%が続く。同書では、「世話人等による頒布から神社での直接頒布に徐々に移り変はりつつあるのが、近年の傾向である」と分析。もちろん頒布方法に唯一の正解はなく、これまで各地において、それぞれの経緯・事情などを背景としながら、さまざまな工夫のもとで頒布活動がおこなはれてきたといへよう。


 近年は、自治会や町内会などといった地縁組織・地域共同体における人間関係の稀薄化が指摘されてゐる。神社の氏子組織も例外ではなく、さうしたことが前記の報告書にもあるやうに神宮大麻の頒布方法をめぐる傾向の変化として少しづつ表れてゐるやうだ。
 自治会や町内会をめぐっては、以前から神社の祭典費徴収などを問題視するやうな事例も見られるが、濃密な人間関係を敬遠するやうな傾向が顕著となるなかで新規加入率が低下し、先に触れた回覧板による神札拝受の確認といったことなども、同調圧力だとして忌避される場合があるやうだ。ただしその一方で、防災・防犯や教育などの分野において、これまで地域社会が果たしてきた役割や意義を改めて見直すやうな動きも存在する。
 神社は自治会や町内会を含めた地域社会との密接な関係のもとで護持・運営され、神宮大麻の頒布についても、それぞれの地域におけるさまざまな経緯・事情を背景に続けられてきた。もちろん、地域社会における人々の意識の変化などへの対応は欠かせない。加へて、神宮大麻の頒布に限らず、さうした神社を紐帯とする人々の関係性のなかで地域社会の歴史が重ねられ、伝統文化・精神風土が育まれてきたことも忘れてはなるまい。


 神宮大麻全国頒布の趣旨は、明治五年四月一日の「神宮大麻御璽奉行式」に際し、当時の北小路随光神宮大宮司が奏上した「天皇の大命以て天の益人等に朝に夕に皇大御神の大前を慎敬ひ拝令め給ふと為て今年より始めて畏き大御璽を天下の人民の家々に漏落る事無く頒給はむとす」といふ祝詞に明らかだ。神宮大麻の頒布活動が本格化する今、まづはかうした全国頒布の趣旨を再確認したい。
 この神宮大麻の全国頒布開始から百五十年余を経て、人々の意識など神社をめぐる社会環境は大きく変化した。さまざまな変化のなかで、神宮大麻や氏神神札の頒布・奉斎にも象徴されるやうな神祀りの伝統、神社との関係性のなかで培はれてきた地域社会の歴史・文化や精神風土などについて、引き続き護持・継承していくことの尊さも改めて肝銘したいものである。
令和七年十二月一日

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