杜に想ふ
屋根瓦 八代 司
令和8年05月25日付
5面
能登半島地震で被災した実家の主屋の屋根修繕と瓦の葺替へについて「雪解けて産土神社の境内の梅も咲き始めた。春の訪れとともに大工さんからの連絡を母とともに待ちわびてゐる」と書いたのは三月も中旬のこと。
日ごろ崇敬する天神さまへ、なかば願掛けのやうに書いた拙稿であったが、その御神慮は、例年より二週間ほど早く開花した桜も散り初めた四月中旬の朝にあった。母によれば瓦屋さんから「いきなりの連絡で申し訳ないのだが、都合がついたので、今日から取り掛かって良いか」と電話があったといふ。待ち焦がれてゐた電話だけに、無論、母も即快諾。初日は七人の職人さん方が来て、地震の揺れで崩れてゐた棟瓦や傷んだ瓦が屋根から一気に下ろされた。
思ひ返せば、元日の発災後、災害支援物資の配布を受け取りに行った際に屋根用の厚手のブルーシートを受け取れたのは一月十一日。しかし、それを高い屋根に上って張ることは素人では無理なこと。その後に雨雪が降ってズレた瓦の間から雨漏りがあり、家財や畳は濡れ、二階部分の電気照明器具のなかには溢れるほど水が溜まった。馴染みの大工さんに懇願して、棟瓦にブルーシートを張ることができたのは一月十六日。まさに感謝感激雨霰の心持ちだが、本物の雨霰だけはもう懲り懲りであった。
発災後、広域災害であることから当分の間は瓦屋さんも来られないだらうといふこと、またその後の余震をも見越して、ブルーシートはズレた屋根瓦を重しとして載せるだけではなく、自前で購入したロープも追加して張ってもらった。実際、昨秋にはブルーシートも劣化してまた雨漏りをしてをり、着工までには二年四カ月もの期間が掛かった。
大工さんからは「他の瓦屋さんなら早く手配できるし、仕事が立て込んでゐるから他のところに頼んでくれても良いと瓦屋さんが言ってゐる」と重ねて言はれたが、ブルーシートを張ってくれた恩誼があるからと、急かすことなく順番を待った。なにより、見渡す被災した他の家々のことを思へば、まだ自宅で生活ができてゐることはありがたい。
「花散らし」「桜流し」や「桜雨」の称もある頃だったのだが、晴天に恵まれて作業は進み、二日半を掛けて葺き替へられた。電話で「無事に作業を終へてから雨が降ってきたのもまさに神様のお蔭」と話す母の声からはうれしさが伝はってきた。
私が産まれる前に建てられた家だから、まさに半世紀以上に亙り風雪に耐へてくれた屋根瓦は能登ならではの伝統的な漆黒色だった。葺き替へられた新たな瓦は、耐震性があるやうにと工法も釘打ちとなった銀黒色の瓦。
天神さまゆかりの四月二十五日に斎行された産土神社の春祭りの夕刻。神棚から下ろした御神酒をいただき、「これで秋祭りには御神輿にお寄りいただける」と母も安堵の表情を浮かべた。(まちづくりアドバイザー)
オピニオン 一覧