文字サイズ 大小

杜に想ふ 嵐の後は 植戸万典

令和8年06月22日付 5面

 皇居前広場でおこなはれた御即位をお祝ひする国民祭典を顧みると、ついこのあひだのことのやうであり、ずいぶん前のことのやうでもある。当年は御大礼の一つの祝賀御列の儀が台風被害の影響を慮り、その国民祭典の翌日に延期されたこともすでに懐かしい。
 令和になってから自然災害が多発してゐる印象だが、災害に対する感度が上がっただけなのだらう。阪神・淡路大震災から三十年が経ち、東日本大震災からも十五年。この間も各地で被害の大小を問はず、また天災人災を問はず、さまざまな災害が起きてゐる。冬は大雪に、春先には林野火災に、夏から秋には豪雨や台風に襲はれ、今この瞬間にも地震が起こるかもしれない。新しい防災気象情報も運用されるやうになったが、今後はその制度導入の検証もされてゆくことにならう。
 神社の鎮座地やその祭神と災害リスクとの相関性を見出さうとする研究もある。十数年ほど前にしばしば聞かれた、神社の立地には津波がぎりぎり到達してゐないといった説の検証だ。だが、古社ほどそれまでの災害でも淘汰されてゐない場所に鎮まってゐるといふごく平凡な結論しか想像できない。鎮座地は信仰と関はるが、現在の祭神だけ見て信仰の歴史がわかるほど神社史も簡単ではない。
 古代から神社も被災してきた。京都北部の貴船神社は平安朝の永承元年(一〇四六)に出水のため社殿が流され、九年の後に現在の地へ移転してゐるが、旧地も奥宮として今も残る。水神を奉斎し、朝廷が馬を奉って祈雨止雨をおこなってゐた霊験あらたかな神社が水害に遭ひ、けれど本宮は奉遷されたものの旧来の地での祭祀は続いてゐる。現代の災害対策に神社を活かさうとするとき、かうした信仰の歴史をどう捉へよう。少なくとも神社と災害リスクの擬似相関には注意したい。
 神祇の加護とは、摩訶不思議な霊力による災害の無効化を約したものではない。ゆゑに人事を尽くすのだし、それでも被災した神社は神社本庁の統理に対して報告すべきことが規定されてゐる。事前の対策についても毎年通知されてゐるが、被災後のための準備だけでなく、瞬発力の要る発災時の避難対応こそ平時のシミュレーションが大事だ。
 例へば、大祭の斎行中に揺れが感じられたとしよう。唐突に激震が訪れたならパニックにはならうがまだわかりやすい。しかし弱い揺れから徐々に強くなったらどうか。祭典を止めることを躊躇し、すぐに収まるだらうと正常性バイアスが働いて避難が遅れることもあらう。現にさういふ祭典に居合はせたことが何度かある。幸ひにしてそのときは震度四程度で終はったが、揺れが長引くなか誰も声を上げずに粛々と次第の進む祭典には恐怖を覚えた。参列者の頭上に天井が崩落してくるといふ想定は、心配し過ぎとも云へまい。
 「嵐」は災ひだけではないが、嵐の過ぎた後ほど次の嵐をどう迎へるのか、あらためて考へたいものだ。(ライター・史学徒)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧