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譲位関連問題で見解 時の流れ研究会

平成29年06月05日付 1面

 神社新報社では平成二十三年七月、戦後神社界を牽引し、神社新報主筆などを務めた葦津珍彦の精神と思想の継承・発展を目指すとともに、天皇と皇室、神社と神道、憲法と皇室典範などについて、わが国の歴史・伝統に基づく在り方を調査・研究すべく創刊六十周年記念事業の残金を元に「時の流れ研究会」(会長=高山亨神社新報社代表取締役社長)を設立した。同会ではこれまで、研究会の開催や研究者への助成など各種活動を展開してきたが、このたび、昨年来の天皇陛下の「おことば」をめぐる議論、さらには今般の「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」の国会提出などに鑑みて、次の通り、「天皇陛下の譲位関連問題に対する『時の流れ研究会』の見解」を発表した。

天皇陛下の譲位関連問題に対する「時の流れ研究会」の見解



 天皇陛下が「生前退位」の御意向を示されたといふ速報が、昨年七月十三日、NHKより流れ、マスコミ各社が一斉に追随した。適切なる皇室報道の在り方を問ふことを創刊以来、社是とする神社新報社としては、本報道はまさしく晴天の霹靂、にはかには信じ難い内容であった。
 しかし、天皇陛下には「象徴としてのお務めについてのおことば」として、およそひと月を経た八月八日、ビデオメッセージといふ形で「お気持ち」を述べられ、国民の理解を求められた。「皇室祭祀の継承者」として日々国民の安寧を祈られ、全身全霊を以て、日本国家と日本国民統合の「象徴」としてのお務めを果たされてゐる陛下の「お気持ち」を拝し、爾来、私どもは、何よりも陛下の御健康と平成の大御代の安寧と弥栄えを祈念しつつ、「おことば」にこめられた陛下の「お気持ち」に如何に副ひ奉ることができるかについて、思ひをめぐらしてきた。
 そして今般、昨年秋に設置された「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の「最終報告」が四月に出され、それをもとにした政府及び国会各会派での協議・検討を経て、今上陛下の御譲位及びそれに伴ふ関連事項を盛り込んだ「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案」(以下、「特例法案」といふ)が国会で審議されることになった。
 ここに、発表された特例法案に関連する諸課題について、神社新報社に設置する「時の流れ研究会」の意見を表明する。

一、特例法案の審議に関して

 特例法案の内容は、近代以降の皇室制度、並びに現行憲法にも例を見ない文字通りの「特例」である。皇室制度において最も重きを為す皇位継承に関はる法案であることに鑑み、とくに、①「譲位」に代はり「退位」といふ言葉が使用されてゐること、②今上陛下の御譲位後の皇后陛下の称号を「上皇后」としてゐること、③御譲位後に皇位継承順位第一位となられる秋篠宮殿下を、「皇位の継承に伴い皇嗣となった皇族」として、引き続き内廷外の皇族とし、待遇のみ「皇太子の例による」ものとしてゐること、の三点は、皇室の長い歴史の先例を十分に検討・熟慮した上で、結論が導かれねばならない。今国会の委員会において、皇室の伝統の重みを踏まへた慎重な審議が改めてなされることを期待する。

二、御譲位に伴ふ儀式と践祚に関して

 特例法案はその性質上、譲位に伴ふ儀式については触れてゐないが、江戸時代における光格天皇以前の例では、前帝による「譲位の宣命」に続いて神器が継承されることを以て新帝の践祚(即位)とした。この度も譲位と践祚は一体の行事として位置づけられるべきであり、今上陛下の践祚にあたっての「剣璽渡御の儀(剣璽等承継の儀)」と同様、譲位の儀は当然、国の行事として執りおこなはれるべきである。
 また現行の皇室に関はる重儀は、昭和二十二年に廃止された「登極令」「立儲令」「皇室祭祀令」などの皇室令及び附属法令を尊重し、それに準拠して斎行されてきた。しかし、譲位に関しては「皇室典範」に規定されてゐないゆゑに、戦前に整備された関連法令にもその規定は存在しない。本会としては皇室の伝統を踏まへた「譲位に関はる儀式」が、「即位に関はる儀式」と同様に宮中三殿における祭祀を主体に斎行されることを強く願ふ。

三、御譲位の時期に関して

 特例法案は施行期日、即ち「退位」の期日については、「(この法律の)公布の日から起算して三年を超えない範囲内において政令で定める日」とし、「(政令を定めるに当たり)皇室会議の意見を聴かなければならない」としてゐるが、践祚・改元と一体であるべき御譲位の期日については、平成三十一年一月七日が「昭和天皇三十年式年祭(大祭)」といふ天皇・皇室にとって重要な祭祀の斎行日であることを踏まへ、さらには国民との紐帯を何よりも重視される今上陛下の御即位三十年を奉祝申し上げたいとの国民の願ひを十分に考慮、検討されることを強く願ふ。

四、皇室制度整備の必要性

 「有識者会議」の「最終報告」では、その「おわりに」において、「皇族数の減少に対する対策について速やかに検討を行うことが必要」であることに言及してゐる。このことについては改めて、皇室制度に関する叡知を結集し得るしかるべき機関を設置して、全般的な皇室法の整備と合はせて検討することが求められる。また検討にあたっては、旧皇族及びその子孫にあたる方々の皇籍復帰・取得等、皇室の伝統の重みを十分に踏まへた安定的な皇位継承の具体的な方途についても考慮すべきと考へる。

をはりに

 戦前に整備された皇室令及び附属法令は占領下に廃止され、現行の法令は国家の非常時に制定されたことからさまざまな不備があることがこれまでにも指摘されてきた。戦後七十年間未整備のままであったと言っても過言ではなく、皇室の伝統と尊厳を護持してゆく上で大きな障壁となってゐることは自明の理である。
 この間、神社新報社としては、社内に「皇室法研究会」を組織し、葦津珍彦他、関係者が結集して『現行皇室法の批判的研究』(昭和六十二年)などの出版物を刊行し、肝要となる諸問題を提議してきたが、御代が昭和から平成へと移って以降、それらについて十分なる研究、活動を展開してこなかったことは反省されねばならない。
 戦前、皇室典範は憲法とともに皇室・国家の根本法とされてきた。しかし現在は、単なる一法律として位置づけられてゐる。今一度、当時の叡知が尽くされた明治の皇室典範の成立過程に鑑み、その重要性と皇室の伝統を踏まへながら、喫緊の課題たる皇族数の問題への対処はもとより、現行皇室典範のみならず、戦後廃止されたままの皇室令及び附属法令の見直し・整備等も含めて、抜本的に皇室制度の在り方を早急に検討すべきである。
以上