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簡単に覚えられる歴史的仮名遣ひ簡単に覚えられる歴史的仮名遣ひ

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1. 「いふ」か「いう」か

 「現代仮名遣い」は発音どほり書くのを原則としますから、ハ行の動詞であった「言ふ」は「言う」と書き、ア行の動詞となります。でも、発音どほりに書くと、ちょっとややこしいことが起こります。
 「言う」に「ない」がつくと「言わない」と書き、こんどはワ行の動詞になります。「現代仮名」は、「言わない」「言います」「言う」「言うとき」「言えば」「言え」「わ・い・う・う・え・え」とワ行とア行の二つの行にまたがって活用語尾が変化します。日本語の動詞は、五十音図の二行にわたって決して活用しないといふのが原則で、これは明らかなルール違反です。
 さらに、意志・推量の助動詞「う」がつくときはどうなるのか。「言おう」と書きます。意志・推量の助動詞がつくのは未然形ですから、未然形には「言わない」と「言おう」のワ行とア行が混在します。ところでこの「言おう」と書くとき、はたして「う」は助動詞だらうかとの疑問が湧いてきます。「言おう」は「言お」ののびた音、「おー」といふお列の長音に過ぎないのではないか、といふことです。このことは、また後で詳しく説明しませう。
 「歴史仮名」と較べてみませう。「言ふ」は「言はない」「言ひます」「言ふ」「言ふとき」「言へば」「言へ」で、未然形につく推量の助動詞「う」がついた時も「言はう」と書きます。これを文法用語で説明しますと、「ハ行四段活用動詞」といひます。実にすっきりしてゐますね。ちなみに「現代仮名」の方は「ワア行五段活用動詞」と説明してゐますが、合理的といふ考へ方からみますと、「歴史仮名」の方が合理的と思はれませんか。
 「現代仮名」でも、「私は」と書いて「私ワ」と読む、「東京へ」と書いて「東京エ」と読むことになってゐます。「言ふ」と書いて「言ウ」と読むのが、そんなにむづかしいことでせうか。語の響きからいっても「言わない」「言う」よりも、「言はない」「言ふ」と書いた方がまろやかな表記だと思ひますが、どうでせうか。
 少し余談になりますが、発音と仮名遣ひにズレが生じてきたのは、もう千年以上も前、萬葉の時代から起こってゐる問題ですが、われわれは今も、そんな昔の書物が読めるといふことに、もっと思ひを致さねばなりません。
 発音が変はるために仮名遣ひを変へてゐたら、古典の解読はもっともっとたいへんなことだったでせう。先人はそのことをよく知ってゐたからこそ、仮名遣ひと発音にズレがあっても仮名遣ひを変へずにきたのです。文章は今生きてゐる者だけに通ずればよいといふものでなく、百年も千年も二千年も、もっともっと後々の人にまでわれわれの考へを伝へていく役目を持ってゐます。
 われわれは今、わづか四、五十年前の書物が原文では読めなくなってきてゐる事実に、目を背けてはなりません。われわれの時代に、そんな軽率なことを許していいのでせうか。
 余談が長くなってしまひましたが、「言う」と同じ例として、「現代仮名」で買う、食う、問う、逢う、使う、扱う、思う、願うーーなど、語の末尾が「う」字で終る動詞はすべて「歴史仮名」ではハ行で表記します。

2. 「える」か「へる」か「ゑる」か

 「言う」か「言ふ」か、ハ行四段活用動詞について説明しましたので、もう一つハ行の下一段活用動詞(文語は下二段活用動詞)について説明しませう。かういふ文法的な用語を用ゐますと、もうそれだけでおっくうになってしまひますので、文法用語はなるべく遣はないやうにしませう。
 要するに、「歴史仮名」で「へる」と遣ふ用語はどんなものかといふことです。
 「現代仮名」で、考える、答える、変える、替える、支える、加える、数える、整える、称える、耐える、揃えるーー等々、「える」と書く用語のほとんどは「へる」だと思ってください。ただ、「歴史仮名」では「える」と書く場合と「ゑる」と書く場合もありますので、これがややこしいといはれるわけです。
 しかし、「える」も「ゑる」も用語例が少なく、これだけは機械的に覚えていただきたいのです。覚えるといっても、本当に覚えなくてはいけないのは、「ゑる」の用語です。これは「植ゑる」「据ゑる」「飢ゑる」の三語しかありません。「ウー」「スー」「ウー」と三度声を出されればもう覚えられたでせう。
 では、「える」はどんな用語か。それは、かつて学校で習った文語を思ひ出して下さい。 文語で終止形が「ゆ」で終はる「ヤ」行動詞です。

  実例をあげませう。
覚える(覚ゆ) 聞える(聞ゆ) 見える(見ゆ) 消える(消ゆ) 甘える(甘ゆ) 越える(越ゆ) 超える(超ゆ) 肥える(肥ゆ) 凍える(凍ゆ) 冷える(冷ゆ) 栄える(栄ゆ) 聳える(聳ゆ) 絶える(絶ゆ) 煮える(煮ゆ) 生える(生ゆ) 映える(映ゆ) 増える(増ゆ) 冴える(冴ゆ) 癒える(癒ゆ) 萎える(萎ゆ) 吠える(吠ゆ) 萌える(萌ゆ) 燃える(燃ゆ) 脅える(脅ゆ) 悶える(悶ゆ)

 この他にもまだ少しありますが、日常用語にはほとんどでてきません。「現代仮名」で「える」ときた用語は、まづ「ゆ」に置き換へて、ちょっと考へてみてください。慣れれば自然に遣ひ分けられるものです。
  ここで間違ひやすい用例は、「絶える」と「耐(堪)へる」です。「絶える」はヤ行「絶ゆ」で、「耐(堪)へる」はハ行です。同音であるために気をつけてください。

3. 語中語尾の「わいうえお」は原則として「はひふへほ」になります

 「歴史仮名」の代表選手はハ行表記にあるといってもいいでせう。このハ行表記を習得すれば、「歴史仮名」の八割方を覚えたといっても過言ではありません。
  では、ハ行表記の覚え方の基本となるものは何か。それは「現代仮名」の表記で、語中語尾にくる「ワイウエオ」は原則としてハ行になる、といふことです。「すなわち→すなはち」「ついに→つひに」「ゆうがた→ゆふがた」「たとえば→たとへば」「おおきい→おほきい」といふふうにです。「言う」の項で述べた語尾に「う」のつく動詞はすべて「ふ」といふのもこの原則に当てはまります。
  「原則として」といふのは例外があるからです。ですからこの例外だけを覚えればよいわけです。例外を覚えるのがたいへんだ、と尻込みをしないでください。「現代仮名」にも実はたくさん例外があって、こちらの方が理屈がないだけに覚えるのがたいへんなのです。
  一例をあげると、「おおきい(大きい)」か「おうきい」か、「こおり(氷)」か「こうり」か、「おとおさん」か「おとうさん」か、「とおだい(灯台)」か「とうだい」か。「現代仮名」は発音どほり書くのを原則としますから、「オ」と発音するものはすべて「お」と書けばよいはずですが、「おオきい」「こオり」は「お」と書き、「おとオさん」「とオだい」は「う」と書かなければいけません。この書き分けの理屈が分りますか。『改訂現代仮名遣い』の説明によりますと、歴史的仮名遣ひで「ほ」または「を」と書くものは「う」ではなく「お」と書くことになってゐます。これでは歴史的仮名遣ひを知ってゐなければ分らないといふことになりますね。
  例外があるからといって恐れることはありません。「現代仮名」にも例外が多いことを考へれば、むしろ「歴史仮名」の方が理屈にあってゐるものが多いだけに、その気になれば覚えやすいでせう。それに、例外を全部覚えなくても、実際に文章を書いてみると、これらのうちのほとんどは漢字で表記することが多いので、それほどたいへんなことではありません。