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論説 「昭和の日」にあたり 節目の百年をいかに迎へるか

令和7年05月05日付 2面

 今年も「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」とされてゐる「昭和の日」を迎へた。
 そもそもこの四月二十九日は、戦前において昭和天皇の御即位にともなひ「天長節」となり、戦後の昭和二十三年に「国民の祝日に関する法律」に基づき「天皇誕生日」と名称が改められたのちも、昭和天皇の聖徳を敬仰する国民によって長く親しまれてきた。平成の御代替りののち「みどりの日」とされてゐた期間もあったが、斯界を含めた関係有志の働きかけにより、平成十九年から「昭和の日」に改称されて今日へと至ってゐる。
 をりしも今年は昭和百年にあたり、また来年は昭和元年から起算して満百年となる。この節目に際し、「昭和の日」の趣旨にもあるやうに、改めて「昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」良い機会としたい。


 政府では昨年七月、内閣官房に「昭和百年」関連施策推進室を設置。さらに今年一月には「昭和百年」関連施策関係府省連絡会議において、関連施策の推進に係る「基本的な考え方」と「施策の方向性」を取り纏めてゐる。
 その「基本的な考え方」では、昭和の時代を「未曽有の激動と変革、苦難と復興の時代」と捉へた上で、「昭和を顧み、先人の躍動に学び、昭和の記憶を共有することは、平成以降の生まれの世代にとっても新たな発見のきっかけとなり、また、世代を超えた理解・共感を生むとともに、リスクや課題に適切に対処しながら、幸せや生きがいを実感でき、希望あふれる未来を切り拓く機会になる」との認識を提示。「施策の方向性」としては、歴史的遺産の収集・整理や保存・公開など「昭和の躍動や体験を発掘し、次世代に伝承していくための施策」、企画展示やシンポジウムなどを通じて昭和を生きた人々の記憶を共有する「昭和を顧み、昭和に学び、未来を切り拓いていくための施策」、記念式典の挙行やSNSによる発信など「『昭和百年』の機運を盛り上げるための施策」が掲げられてゐる。
 来年予定される政府主催の記念式典をはじめ、昭和百年の関連施策が意義あるものとなることを期待したい。


 顧みれば、昭和四十三年の明治百年に際して神社本庁では、明治維新百年記念事業委員会を組織して各種事業を推進。式典の開催や祭典の斎行、標語募集とポスターの製作、記念叢書の刊行などさまざまな事業に取り組んだ。
 またとくに明治天皇・昭憲皇太后を奉斎する明治神宮では、十一月三日の例祭を中心に明治維新百年大祭を執りおこなひ、期間中に昭和天皇・香淳皇后が御参拝遊ばされたのをはじめ、「五箇条の御誓文」の御沙汰があった三月十四日を期しての記念の祭典や日本武道館での大会、『明治天皇詔勅謹解』等の編修事業も実施。神社庁・支部や神社、指定団体などでも、さまざまな記念事業がおこなはれた。
 加へて当時の斯界には、安保騒動など体制変革を目指すやうな社会思潮への危機感があった。さうした背景のもと、明治維新百年にあたり「維新の精神を恢興し、今日の時局と対応せしめて、再び維新興国の気風を起さう」と神社本庁によって提唱されたのが、今も各地で開催されてゐる「国民精神昂揚運動合同研修会」に名を残す「国民精神昂揚運動」だったのである。


 明治百年に際しては、明治維新が「諸事神武創業ノ始ニ原ツキ」(「王政復古の大号令」)との理念に基づく近代日本の出発点であること、またそれから百年の節目を迎へた当時の社会状況への危機感などもあり、「維新の精神」の恢興といふことに意を注いだことが斯界における特徴だったともいへるのではなからうか。また慶応四年の明治改元に際しては、一世一元の制が定められたが、来年は大正天皇百年式年祭の年ともなる。かういったこともあり、明治百年と昭和百年を単純に比較できないことにも留意が必要だらう。
 終戦直後の昭和天皇による「新日本建設ニ関スル詔書」の冒頭において、先に少し触れた「五箇条の御誓文」が引用されてゐたことなども改めて想起しつつ、昭和百年が斯界にとってどのやうな意味を持つのか、そして現在の斯界をめぐる社会状況なども踏まへながら、今年の昭和百年、来年の昭和改元満百年をいかに迎へるべきかを考へていきたいものである。
令和七年五月五日

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