論説
新年を迎へて 高市政権への期待と課題
令和8年01月12日付
2面
今年の正月三が日、太平洋側は比較的晴天に恵まれ、日本海側は降雪に見舞はれた地域が多く、典型的な冬型の天候となった。各地の神社では、例年通り初詣の賑はひが見られたやうだ。
天皇陛下には一月一日、四方拝と歳旦祭に出御遊ばされ、三日には元始祭を御親祭になられて五穀豊穣と国家国民の安寧を御祈念されてゐる。また一日の新年祝賀の儀では、皇族や元皇族の方々のほか、三権の長や各国の外交使節団などから祝賀を受けられた。
二日の新年一般参賀はとくに好天に恵まれ、六万人余の人々が訪れてゐる。天皇・皇后両陛下、上皇・上皇后両陛下、秋篠宮皇嗣・同妃両殿下、また昨年成年式を終へられて初となる悠仁親王殿下などのお出ましがあり、天皇陛下には「おことば」を述べられた。
○ 斯界においては、神社本庁が二月三日に設立八十周年を迎へ、また五カ月ほど後の七月八日は神社新報の創刊八十周年にもあたってゐる。
敗戦後の米軍による厳しい占領下で、真剣な議論を経て神社本庁が新しく組織されるに至った歴史的経緯については、神職の養成や研修のなかでも神社本庁史として学ぶところであるが、今日の神社人は、当時の先人たちの苦難の努力に改めて思ひを致すことが大事であらう。とりわけ政教分離や神祇関係機関の廃止を予測して早くから議論をリードし、神社とその道統をいかにして護持すべきかを考へ尽くして本庁設立のために奮闘した初代事務総長の宮川宗徳と、そののちに神社新報の編輯と経営の責任者となって縦横の活躍をした葦津珍彦の功績を忘れてはなるまい。
一方、神社本庁が本宗と仰いできた伊勢の神宮では、令和十五年に皇大神宮・豊受大神宮での遷御の儀を予定する第六十三回神宮式年遷宮に向けて、今年は御木曳初式、木造始祭、お木曳行事(第一次)、仮御樋代木伐採式が予定されてゐる。遷宮奉賛はもとより、その意義啓発のためにも広く一般への広報活動に努めていくことが期待されるところだ。
○ 本格的な保守政治家として我々がその登場に期待をこめた高市早苗首相は幸ひにも就任以来、世論の高い支持率を維持し続け、台湾有事に関しての発言をめぐる中国からの撤回要求や対抗措置にも冷静に対応した。かうした中国の動きは、日本国民に対中警戒感を強めさせ、大国の横暴さを認識させる結果をもたらしたといへよう。
今年の高市政権に対する我々の期待は、連立を組んだ日本維新の会との良好な関係を維持しつつ、自・維連立政権合意書に記載された十二項目の政策をスピード感を持って実行することである。とりわけ大事なのは、合意書の第三「皇室・憲法改正・家族制度等」として掲げられた国家の重要事項のすみやかな実現である。
皇室に関しては、「古来例外なく男系継承が維持されてきたことの重みを踏まえ、現状の継承順位を変更しないことを前提とし、安定的な皇位継承のため、皇室の歴史に整合的かつ現実的である『皇族には認められていない養子縁組を可能とし、皇統に属する男系の男子を皇族とする』案を第一優先として、令和八年通常国会における皇室典範の改正を目指す」と明記。皇室を守り、国家と国民を守り、家族を守ることは、政府と国会議員にとって最重要の使命であるはずだ。通常国会では必ず実現するやう与野党の垣根を越えた協力一致の合意に向けての努力が強く望まれる。
○ 今年は昭和元年から起算して満百年を迎へる。政府では、四月二十九日に日本武道館で記念式典を挙行する準備を進め、その意義を「激動と復興の昭和の時代を顧み、将来に思いを致す機会」とすると発表。「昭和の日」を開催日とはするものの、昭和天皇への直接の言及が見られないことは残念だ。六十二年余の在位期間を全うされ、数へ八十九歳で崩御遊ばされた昭和天皇の苦悩を顧みることこそ最も大切で、そのためには大東亜戦争の開戦と終戦の詔書を改めて見てみることが必要だ。
ロシアがウクライナに、米国がベネズエラに対して武力を行使し、中国も台湾への軍事的圧力を強めるなど、大国が力による現状変更を目指さうとしてゐる乱世の現在、詔書の「自存自衛ノ為」と「国体ヲ護持シ得テ」といふ二つの言葉が持つ意義と重要性が改めて認識されなければならないのである。
令和八年一月十二日
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