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皇室会議の開催にあたってあらためて望む 神社新報社時の流れ研究会会長 高山 亨 平成二十九年十一月二十七日

平成29年12月04日付 4面

(H291211-2面により訂正)

一、御譲位(退位)・即位(践祚)・改元の期日案について

 全国紙などの報道によると、次の二案が皇室会議に諮られる見込みといふ。
 その一つは、再来年の平成三十一年三月末から四月にかけての統一地方選が終はったあと、四月三十日に退位、翌五月一日に即位・改元といふ案である。もう一つは、年度が替はる三月三十一日に退位、翌四月一日に即位・改元といふ案とされる。
 そして政府の意向は、年度末の予算案の国会審議の時期を避け、また静かな環境で譲位(退位)と即位の行事が進むことを重視して、前者の四月末退位案が望ましいと判断してゐるやうである。
 この案についての根本的な問題点は、二案のいづれにあっても、譲位(退位)日と即位日とを二日に分けてゐることである。
 しかし、本会では、すでに七月八日付と九月十一日付で公表した見解に明示してゐるとほり、譲位(退位)の儀式と即位(践祚)の儀式は、歴史・伝統・先例からして、同日に、一連・一体の行事として、またそれは当然「国の儀式(天皇の国事行為)」として斎行されるべきである、と主張してゐる。
 それゆゑに、日を別にし、別行事の如くに実施することは不適切であり、あってはならないと考へる。なぜなら、その場合、皇位に空白(空位)が生ずることになるからである。これは、古来「天子の位は一日も曠(むなし)くすべからず」(歴世の宣命、『皇室典範義解』)といはれてきたやうに、「皇位は神器とともにあり、一日の空位もあってはならない」といふ原則・理念に違ひ、外れることになるから、断じて避けなくてはならない。また「特例法」第二条に、天皇が「退位」されたら「皇嗣が直ちに即位する」とあり、「直ちに」といふのだから、一連のものとして行はれなければならない。
 また、一日即位の場合、新元号は剣璽等承継の儀の後に決定され、公布されるから、改元はその時刻以後となるであらう。それゆゑ、一日の改元とするには前月末日の譲位・即位が必要と考へる。
 さらに、「即位後朝見の儀」は、平成の場合、即位二日後(賢所の儀三日間斎行ののち)であった。これに準拠すれば、一日即位の場合は三日となる。その日は、四月の場合なら神武天皇祭(親祭・大祭)であり、また五月の場合なら、三日は憲法記念日と重なることになる。
 以上の理由により、譲位(退位)と即位とは、三月三十一日または四月三十日のいづれであれ、同日に引き続き行はれるべきだと考へる。
 なほ、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」第二条では「天皇は、この法律の施行の日限り、退位し、皇嗣が、直ちに即位する。」と規定してゐる。この「施行の日限り」の解釈は、観念的な法文解釈ではなく、あくまで皇位継承儀式の先例、伝統を踏まへて、譲位(退位)と即位の儀式のあり方と合せて解釈されることが求められる。

二、新元号の改元日について

 新元号は、今回あらかじめ内定されるとしても、「元号法」の「皇位の継承があった場合に限り改める」との規定に基づいて、即位の儀式直後に、あらかじめ内定ずみの案を閣議で正式に決定し、その日のうちに公布するが、その施行は翌日からとする場合、四月一日こそ年度の区切りとしてもわかりやすく、また国民の理解共感を得られ、さらに広く使はれやすいから、さやうに決定されることが望まれる。

三、大嘗祭との関連について

 もし即位日が五月一日となった場合、大嘗祭が当年十一月に斎行できるかといふ課題がある。近代では、最初の儀式である「斎田点定の儀」が二月に行はれたのに比べて遅すぎないか、といふ懸念が生じえるからである。
 ただ、これについて山本宮内庁長官は、十一月二十四日の会見で、五月一日の即位でも同年十一月に大嘗祭を行ふことに支障はない、「斎田点定の儀」が五月に行はれた先例もあり、伝統に反するものではない、との考へを示してゐる。いくらかの懸念も残るが、大嘗祭が前回と同様に、無事斎行されることを切に望みたい。

四、皇室会議以後の検討について

 皇室会議を経て譲位(退位)日が決定された後、政府は譲位(退位)と新天皇陛下の即位に伴ふ皇位継承の儀式などの在り方を検討する委員会・組織を政府内に、年内または年明けに設置し、本格的な準備に入ると報道されてゐる。
 そこでの論点・課題として、①御譲位(退位)の儀式を天皇による国事行為と位置づけるかどうか、②「譲位(退位)の宣命(おことば)」を述べられるかどうか、またその内容はどうか、などがあるとされる。
 これについて本会では、従前の「見解」で、この御譲位(退位)に伴ふ皇位継承における不可欠な儀式は、歴史的な先例・古儀にのっとると、「御譲位の宣命(おことば)」と「剣璽の渡御(承継)」であり、それが「国の儀式」として行はれるべきことを指摘してゐる。
 あらためて述べると、①譲位(退位)の儀式は、皇位の継承(剣璽等承継の儀)に先立つ一連の儀式として、憲法第七条十項にいふ天皇の「国事行為」の「儀式を行う」ことに該当する(「国の儀式」)。それは、憲法第一条「天皇の地位は国民の総意に基づく」と牴触しない。
 そして、皇位継承にあたり一連に行はれるべき儀式のうち、践祚(即位)の儀である剣璽等承継の儀は当然、前回同様に「国の儀式」であるから、その一方で譲位(退位)の儀式が「皇室の行事」と分けられるやうなことがあってはならない。
 ②御譲位(退位)の「おことば」は、歴史的に一貫して皇位継承の儀の核心として剣璽の渡御(承継)とあはせて不可欠である。世襲である「皇位」を退くにあたっての「おことば」は、憲法第四条の「国政に関する権能」には当たらない。それは、“意思表明”といふより、皇室典範特例法による“事実の宣明(宣言・表明)”とみなされよう。
 これらの検討にあたっては、皇室の長い歴史を十分に踏まへた上で、結論が導かれなければならない。


 安倍首相は、「国民がこぞって寿ぐなか、陛下のご退位と皇太子殿下のご即位がつつがなく行われるよう最善を尽くす」と十一月二十二日の参議院本会議で表明された。ぜひそれにむかって、これまでも本会の「見解」で指摘したやうに、現憲法のもとで初めてとなる御譲位(退位)による御代替はりに際して、関連する期日ならびに祭祀・儀式・行事などが、伝統を尊重し、後世の然るべき指針となるやう、皇室会議を前にして関係者・関係機関の真摯な尽力を、心から望んでゐる。
以上