文字サイズ 大小

杜に想ふ 一対の酒 神崎宣武

令和8年04月20日付 5面

 「御神酒あがらぬ神はなし」といふ。日本の神々は、古来、酒をお好みになるのだ。
 とくに、神祭りとなると、酒が不可欠である。神前には、酒が供はる。もう一方で、餅も供はる。熟饌の代表である。神々をもてなすごちそうにほかならない。
 日本では古くから稲作を導入、時代とともにその作付けが拡大するも、一般には白飯を主食とすることが叶はなかった。白い御飯は、ハレの食事であった。さらに、貴重な白い米だけを用ゐて手間をかけてつくったのが、酒と餅と相なる。
 なかでも、酒は、いちばん手間がかかる。江戸や大坂などの沿岸部の都市を除くと、清酒が出回るのは近代以降のことであった。それまでは、大祭のたびに氏子や産子の手で濁酒を造らなくてはならなかった。ゆゑに、これが最大のごちそうになったのである。
 さうした濁酒の醸造も、異常醗酵を恐れるところで、また神頼みであった。
 「この御酒は わが御酒ならず 大和なす 大物主の醸し神酒……」と、崇神天皇(第十代)の時代に三輪神社(大神神社)の掌酒活日が詠ったがごとくにである(『日本書紀』)。
 さて、神に供へる一対の酒は、「白酒」と「黒酒」。祝詞でも、さう読むことが多い。そして、白酒を濁酒、黒酒を清酒と解釈するのも通例化してゐるのではあるまいか。
 しかし、清酒以前の歴史が長いのである。そこでも諸説が伝はるが、伊勢の神宮での伝承例での白酒と黒酒(内宮での呼び分け)は、白酒が濁酒、黒酒はこれに木(枝)灰を加へて着色したもの、といふ(矢野憲一『伊勢神宮の衣食住』他)。これが古い形式とみていいのだらうが、なぜ対であるべきなのか、明解な答へを導きだすのはむつかしい。
 また、一方で、各地方で濁酒仕込みを連綿と伝へてきた神社もある。酒税法の関係で登録されてゐる神社の祭礼が四十数社。濁酒造りそのものが神事(祕儀)となって伝はるところも少なくない。そして、それなりの酒度を高めてゐるところも少なくないのである。
 いふまでもなく、かうした濁酒は神前に供へた後は、それを下げて参列者が相嘗めるのも共通する。つまり、直会の儀がともなふ。もちろん、濁酒造りをしないところでも、神前に供へた清酒を下げて直会とするところが共通する。
 かうした神酒のあり方は、現代の世界では日本にもっとも顕著に伝承されてゐる、といってもよい。米を貴重としての伝承といふことでは、中国や韓国、あるいは東南アジアにも共通するところがあるだらう。が、現代への伝承は、さほどに共通しないのだ。
 なぜだらうか。稲作のあり方や気候、霊山や祖霊への信仰などとも関係するかもしれない。いづれにしても、日本の神々は、酒をお好みになるのである。
 「神に下戸なし仏に上戸なし」(『誹風柳多留』)
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧