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論説 スカウトジャンボリー 神明を尊び、皇室を敬ふ

令和8年08月31日付 2面

 前号掲載の通り、第十九回日本スカウトジャンボリーが八月四日から十日にかけて広島県で開催された。
 このスカウトジャンボリーは、ボーイスカウト最大の祭典として四年に一度開催されてゐる。ただ前回は新型コロナウイルス感染症の影響で中央会場・サテライト会場に分かれて実施したため、全国のスカウトが一堂に会しての実施は八年ぶり。また、とくに今回は悠仁親王殿下のお成りもあった。
 まづ以て、神社を活動母体とする全国神社スカウト協議会(神S協)の関係者を含め、全国各地から約八千人参加のもと、スカウトジャンボリーが無事成功裡に終了したことを慶びたい。


 悠仁親王殿下には八月七日、スカウトたちとともにテントを設営され、代表スカウトと御懇談ののち、大集会に御臨席。その日はテントで宿泊され、翌八日にはサブキャンプやプログラムを御視察になられてゐる。このうち大集会では、公的な行事において初めてとなる「おことば」を述べられた。
 殿下には「おことば」のなかで、これまで「富士スカウト章」の受章者や能登半島地震で支援活動に携はったスカウトから話を伺はれる機会があり、それぞれの取組みの大切さや、スカウトの熱意を感じられたことを御述懐。今大会について、「力を合わせて活動に挑戦し、防災をはじめ様々なことについて考えを深め、より良い未来に向けて力強く歩みを進める機会にもなると思います。私自身も、皆様の活動に参加させていただく中で、多くのことを学びたいと思っております」と述べられた。
 前回のスカウトジャンボリーには秋篠宮皇嗣殿下が、また前々回は皇太子時代の今上陛下が御臨場。さらに遡れば、昭和三十一年の第一回には皇太子殿下であられた上皇陛下が、また五十三年の第七回には皇孫殿下であられた今上陛下が初めて御臨場になられてゐる。そのほか周年式典への御臨席やガールスカウトの行事等への御臨場などを含め、スカウト運動に対する皇室の格別なる思召しが拝察されよう。


 そもそもスカウト運動は英国発祥で、明治末年にわが国に伝はり、大正十一年には現在の公益財団法人ボーイスカウト日本連盟の前身にあたる少年団日本連盟が創立された。
 少年団日本連盟の創立に関はり、戦後はボーイスカウト日本連盟の総長を務めた三島通陽は機関誌「スカウティング」において、昭和天皇が皇太子時代の大正十年に御訪英された際、スカウト運動の創始者ベーデン・パウエル卿にお会ひになられ、のちに「わが国のボーイスカウト運動に火をつけたのはわたしだよ」と仰せになられてゐたといふ逸話などを紹介してゐる。
 また少年団日本連盟の初代理事長を務めた二荒芳徳は著書『思想非常時と現代教育の革新』(昭和八年、東京東学社刊)のなかで同連盟の指導精神などに触れつつ、「健児はその宣誓によつて、神明を尊び、皇室を敬ふことを、その生存信条として居るのであるが、この信念を更に強めるために、神武天皇の最も勇敢なりし重臣にして、しかも常に臣民の先頭に立つて皇師を誘導したる、武勇に於ても聡明に於ても顕著なりし、道臣神を守護神と戴いて居る」ことを強調。さうした守護神の奉斎に関しては、かつて神S協事務局長を務めた丸井和彦が、皇室から同連盟に下賜された道臣命の像があったことなどを含めて本紙に一文を寄せたこともあった。
 スカウト運動では現在も各自の信仰を重視してゐる。皇室との所縁のなかで、神明尊崇や皇室敬慕の念が今に伝へられてゐるといへるだらう。


 をりからの少子化のなかで、ボーイスカウト日本連盟の加盟員数・スカウト数は長く減少傾向にあるといふ。今年度の事業計画においても「加盟員減少を止める」ことが最大課題とされ、重点施策として「入隊推進」や「中途退団防止」などが掲げられてゐる。
 来年は伊勢で、神S協による第十四回神社スカウト全国大会が開催される予定だ。皇祖・天照大御神を奉斎する神宮において、とくに第六十三回式年遷宮の諸祭・諸行事が進められるなかで開催される神社スカウト全国大会が、「神明を尊び、皇室を敬ふ」ことを信条とする青少年の健全育成、神S協の活動をはじめとするスカウト運動のさらなる振興に繋がっていくことを大いに期待するものである。
令和八年八月三十一日

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