文字サイズ 大小

杜に想ふ ケルトと神道 涼恵

令和8年08月10日付 5面

 昨年の夏、長年憧れていたアイルランドを旅した。以前からケルト文化と日本の神道には親和性があると感じてゐた。自然を敬ひ、目に見えないものに心を寄せる精神。アイルランドでは、古くから自然の中に精霊や妖精の存在を感じ、日本は自然そのものに神性を見出す。シャムロック(シロツメクサ)はアイルランドでは特別な植物だ。この三つ葉をキリスト教の三位一体に喩へて、宣教師・聖パトリックは教へを説いた。父と子と精霊。生と死と復活。土着の信仰と調和してケルト十字は生まれた。直線の十字架に太陽信仰を表す円が重なる姿は、日本が仏教を受け入れ、神仏習合といふ形で神道と共存してきた歩みにも重なるやうに感じる。
 ケルト十字に刻まれる組紐紋様や渦巻き文様は、日本の組紐や水引にも通じるやうに感じられ、どこか馴染みがある。組紐紋様は一筆書きで始まりも終はりもない形を描き、命の循環や永遠の時間を表すといふ。連なる渦巻き文様は、まるで三つ巴のやうにも見えてくる。循環し、浄化し、通り過ぎ、また還る。消えて終はるのではなく、姿を変へながら受け継がれていく生命の営みは、落ちた種が再び芽吹く自然そのものだ。
 さらに印象深かったのは、今も息づく妖精信仰との出逢ひ。アイルランドには、フェアリーツリーといはれる願ひをかける妖精の木がいくつも存在する。
 ダブリン発のバスツアーで「行ってみたい」と伝へると、通常のコースにはない場所だったが、特別に立ち寄ってくれることに。願ひをかけたら、木にリボンを結ぶのが慣はしださうで、せっかくならばとリボンを用意してくれることになった。
 途中で訪れた小さなアイリッシュウヰスキーの蒸溜所では、最初にできた一杯を土地の精霊や妖精へ捧げるといふ話を聞いた。お酒を「スピリッツ」と呼ぶのは、この土地に息づくすべての命の結晶だから。別名エンジェルティアー(天使の涙)といふお酒もあるといふ。ここでも日本の酒造りに共通する想ひを見つけた。
 帰り道、ガイドさんは「これからフェアリーツリーを見に行くよ」と言って車内を回り、一人一人にリボンを手渡してくれた。受け取って驚いた。それは、桜や松が描かれた和柄だった。ガイドさんは、一体どこで見つけてくれたのだらう。妖精のイタヅラ? と、思はず微笑んだ。
 到着した場所は、なんとも素朴で幻想的で、本当に妖精が住んでゐるやうだった。レースやシルク、いろいろな素材のリボンが結ばれてゐた。日本人の私も和柄のリボンを妖精の木に結ぶ。
 その時、優しい風が吹き抜けた。木漏れ日は煌めいてゐた。ユーラシア大陸の西の果てアイルランドと、東の果て日本。あの木で結ばれたのは、きっと両国を繋ぐ御縁だったのだらう。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)

オピニオン 一覧

>>> カテゴリー記事一覧