論説
聖上お稲刈り 大御手振りに思ひを致し
令和7年09月29日付
2面
各地で猛暑日が長期間に亙り続くなど、厳しい暑さに見舞はれた今年の夏。秋の彼岸を過ぎ、やうやくその暑さにも少なからず落ち着きが見られるやうになってきた。
前号掲載の通り、天皇陛下には九月九日、皇居内にある生物学研究所脇の水田でお稲刈りに臨まれた。収穫された稲は例年、十月に伊勢の神宮で斎行される神嘗祭に根付きのまま奉献されてをり、また十一月の宮中神嘉殿における新嘗祭でも奉られてゐる。
各地でも順次稲刈りがおこなはれ、収穫感謝の秋祭りが斎行される時期を迎へた。まづ以て今年も秋の稔りが得られたことに感謝し、神前に祈りを捧げたい。
○ 稲作をめぐっては昨夏以降、米の供給不足や価格高騰などが課題となってゐる。農林水産省によれば、随意契約による政府備蓄米の市場放出で六月以降に一旦は値下がりした米価だったが、八月以降は備蓄米の販売量減少や新米の流通などを背景に再び値上がりに転じた。九月八日からの一週間におけるスーパーでの五キロあたりの平均販売価格は、前週を百二十円上回る四千二百七十五円。すでに高騰が始まってゐた昨年同期の三千百十四円と比べても千百六十一円の値上がりで、さらに一昨年と比較すると倍以上の価格だ。
さうしたなか農水省では、米の需給調整や生産対策などに必要な資料の作成を目的に実施してきた水稲収穫量調査に関して、統計値が生産現場の実感と乖離があるとの声が多くあることから、その要因を把握すべく生産者・生産者団体や地方自治体との意見交換を実施。その上で、本紙でも例年のやうに報じてきた作柄の良否を示す指標である「作況指数」について廃止する方針を示し、近く代替となる新たな指標の名称を決定する予定だといふ。
米の需給量をより正確に見通し、米価を安定させていくためにも、さうした調査の精度向上は重要だらう。「令和の米騒動」と呼ばれるやうな事態の解消、生産者・消費者の双方が納得できるやうな適正価格の実現に向けて、引き続き政府・関係省庁の取組みに関心を寄せ続けたい。
○ 稲作を含めた農業に関しては、かねてから食料自給率の低下、従事者の減少・高齢化、気候変動・異常気象にともなふ高温障害や集中豪雨、肥料をはじめとする生産資材の価格高騰など、さまざまな課題が指摘されてきた。
昨年六月には農政の憲法といはれる「食料・農業・農村基本法」の改正法が施行され、その基本理念として食料安全保障の確保、環境と調和のとれた食料システムの確立、農業の持続的な発展、農村の振興が位置付けられた。このうちとくに食料安全保障に関しては第二条第一項のなかで、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態をいう」と定義され、その確保の重要性が謳はれてゐる。
ただ同法施行直後から現在まで、先述のやうに米の供給不足や価格高騰が継続。日常的な食料安全保障の確保が、いかに難しいのかを改めて実感させられてゐる。かうした食料安全保障はもとより、法改正により新たに位置付けられた基本理念を踏まへ、現今のさまざまな課題の解決・改善が進むことを切に望むものである。
○ そもそも稲作をはじめ農業は天候など人智の及ばない自然環境に左右される部分が大きく、だからこそ先人たちは神々に豊作を祈り、収穫への感謝を捧げてきたのだらう。現在も天候だけでなくさまざまな要因から、収穫量や消費量の予測、その需給関係の調整が容易でないことは、この一年間の状況を見ても明らかだ。
『日本書紀』の崇神天皇六十二年に「農は天下の大きなる本なり。民の恃みて生くる所なり」との詔が記載されてゐるやうに、稲作をはじめとする農業は国の基盤である。とくに稲作は神代における「斎庭の稲穂の神勅」にまで遡り、豊作祈願・収穫感謝の祭祀との深い関はりのなかで、さまざまな伝統・文化を育みながら現在まで連綿と続けられてきた。さうした稲作と祭祀に今も御親ら勤しまれる天皇陛下の大御手振りに思ひを致しつつ、まづはわが国における農業ことに稲作の大切さ、その課題についての問題意識を広く共有したいものである。
令和七年九月二十九日
オピニオン 一覧