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杜に想ふ 安青錦の一礼 神崎宣武

令和8年02月23日付 5面

 大相撲の初場所でウクライナ出身の二十一歳の青年、安青錦が優勝した。先場所に続く優勝であった。
 その攻め手と粘り腰についての評価が高い。それとともに、インタビューなどでの謙虚な応答もあってか、人気も場所ごとに昂ってきてもゐる。私も、応援するところである。
 幼いころからレスリングに取り組み、ウクライナ国内での優勝実績(百十キロ級)ももつ。また、並行して相撲にも興味をもった。十五歳の時に、世界ジュニア相撲選手権にウクライナ代表として初来日。中量級で三位になった。その時の縁で、ウクライナでの戦火を避けて出国し来日、関西大学相撲部に寄留するかたちで稽古に励み、大相撲入門を目指すことになったのだ。
 さうした特異な経歴は、新聞記事やネットニュースで十分に周知されてもゐるだらう。
 私は、とくに土俵上でのその姿勢に感心してゐる。ことに、目線を正面に向けた後の一礼である。神道儀礼でいふところの「揖」。大相撲では、土俵に上って仕切る前に一揖、勝負がついて土俵を降りる前に一揖。それが、作法どほりにできてゐる力士がどれほどゐるだらうか。
 私は、BS放送を観る余裕がある時には、相撲放送の開始直後から注意して観るやうにしてゐる。独断にすぎないが、三段目から幕下でほぼ半分ぐらゐが理にかなったかたちだらうか。それが、十両から幕内に上るにつれて雑な礼が目につくやうになるのだ。どうしたことだらうか、と首をひねらざるをえないのである。
 相手に対しての会釈ではない。神聖な土俵に対して、そこでの勝負に対しての拝礼である(それについては、以前にも少し触れたことがある)。
 それは、剣道や柔道にも通じる「相撲道」とでもいふべきものだ。また、甲子園での球児たちが、入・退場するときにグラウンドに一礼するのにも相通じる。いふなれば、その勝負場を聖地とする日本文化といってもよいだらう。
 もちろん、相手に対しての礼もある。剣道や柔道では道場の中央に進んでの一礼。高校野球ではホームベースをはさんでの一礼。相撲の場合なら、両手を広げての蹲踞の姿勢がさうなるであらう。
 ついでながら、私論の飛躍をお許しいただきたい。そのことは、オーバーツーリズムにも共通するのではあるまいか。
 訪問先の制度や慣習に従ふことは、当然のことである。そこに宗教がからむと複雑にもなるが、「郷に入っては郷に従へ」とは当然のことである。私の周辺には、それを体現する訪日外国人も多い。とくに、欧米系の人たちがさうである。
 「人のふりみて我がふり直せ」ともいふ。安青錦をみて、行儀のよい訪日外国人をみて、私たちも再考したいところである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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