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論説 歌会始 平安を祈られる御製を拝して

令和8年01月26日付 2面

 今号掲載の通り、新春恒例の宮中歌会始の御儀が一月十四日、皇居・正殿「松の間」で執りおこなはれた。今年は勅題「明」を賜り、預選者十人と選者・召人の歌、皇族代表の敬宮殿下、秋篠宮皇嗣・同妃両殿下のお歌に続き、皇后陛下の御歌が二度、そして最後に天皇陛下の御製が三度披講された。
 この歌会始は、勅題に基づく詠進を通じて広く国民も参加することが可能で、今回は国の内外から約一万五千首が寄せられたといふ。またなにより、御製に示される大御心をはじめ、御歌やお歌にこめられた皇族方のお心を拝することができる貴重な機会ともなってゐる。年の始めの雅やかな宮中行事として、今年も歌会始が厳粛裡に執りおこなはれたことを慶びたい。


 今年の御製は、「天空にかがやく明星眺めつつ新たなる年の平安祈る」。一月一日の歳旦祭の折に、賢所の回廊から澄んだ冬の空にひときは輝く明けの明星を御覧になり、その美しさに感じ入られるとともに、新たな年の平安を祈られた時のお気持ちをお詠みになったものだといふ。陛下には例年元日の未明から伊勢の神宮並びに山陵及び四方の神々を御遙拝遊ばされ、引き続き歳旦祭に出御。さらに三日の元始祭では御告文を奏され、国家国民の繁栄を御祈念遊ばされてゐる。かうした年始めの祭儀については、上皇陛下にも皇太子時代の昭和四十九年の歌会始にあたり、「神殿へすのこの上をすすみ行く年の始の空白み初む」とお詠みになられてゐる。
 また昭和元年から満百年を迎へた今年、歌会始に際しての昭和天皇による新春の祭儀や御敬神に係る御製を顧みれば、よく知られた「天地の神にそいのる朝なきの海のことくに波たゝぬ世を」(昭和八年)をはじめ、「ふる雪にこゝろきよめて安らけき世をこそいのれ神のひろまへ」(同六年)、「西ひかしむつみかはして栄ゆかむ世をこそいのれとしのはしめに」(同十五年)、「わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々」(同五十年)などが想起される。いづれも激動の昭和の御代が偲ばれる御製といへよう。
 かうした御製を拝し、常に国家国民の安寧を祈られる大御心が今上陛下まで連綿と受け継がれてゐることのありがたさを改めて噛み締めたい。


 今年の歌会始には、昨年十月に成年式を終へられた悠仁親王殿下が初めて御列席。御成年を迎へられての記者会見で、御幼少の頃からの昆虫への御興味やトンボ研究の魅力などにも言及されてゐた殿下には、ある夏の黄昏時に、赤坂御用地内でトンボを間近に御覧になられた時の思ひ出について、「薄明かり黄昏とんぼは橋のうへ青くつきりと俊敏に飛ぶ」とお詠みになられた。
 このほか、天皇陛下からとくに招かれて歌を詠む「召人」を務めたアイルランド出身の日本文学者、ピーター・J・マクミラン氏は、「御杣山明るむ天に杣人の声ひびきたり『一本寝るぞ』」と詠んでゐる。昨年六月、第六十三回神宮式年遷宮の御用材を伐り始める御杣始祭と裏木曽御用材伐採式が、天皇陛下の御治定により御杣山に定められた長野・木曽郡上松町と岐阜・中津川市の山中で執りおこなはれた。杣夫たちによる御用材奉伐の様子は、多くの人々に感銘を与へたやうだ。


 歌会始については一般詠進の披講など近代以降の変革のなかで、明治十五年には御製をはじめ選歌までが新聞に発表されるやうになり、その後テレビ放送も導入された。さらに現在は動画共有サイト「ユーチューブ」の宮内庁公式チャンネルで視聴できるほか、写真投稿型の会員制交流サイト「インスタグラム」の宮内庁公式アカウントでも紹介され、より親しみやすくなってゐるといへよう。古来の和歌伝統の継承に皇室が果たされてきた役割に思ひを致しつつ、歌会始が引き続き皇室と国民とを結ぶ儀式として末長く続いていくことを切に願ふものである。
 宮中において天皇陛下が四方拝や歳旦祭に臨まれる正月元日、全国各地の神社でも歳旦祭を斎行し、大御代の長久はもとより氏子崇敬者をはじめ四方の国民の平安を祈念してゐる。各地の神社におけるかうした祭祀は、個人的な願望の成就を祈るものではなく、常に国安かれ民安かれと念じられる大御心を踏まへた公の祈りといへよう。歌会始における御製を拝し、改めてそのことも肝に銘じておきたい。
令和八年一月二十六日

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