杜に想ふ
本質を受け継ぐ 涼恵
令和8年06月08日付
5面
歴史の出来事は、報道や伝へ方によって本来の意味が少しづつ変はってしまふことがある。
「新日本建設ニ関スル詔書」は、しばしば「人間宣言」と呼ばれてゐる。学校教育や一般向けの歴史解説でも、その名称の方が広く用ゐられてゐることに違和感を覚えるのは私だけではないだらう。
終戦直後の昭和二十一年元日、昭和天皇は「新日本建設ニ関スル詔書」を発せられ、敗戦といふ未曽有の困難のなかで、日本をどのやうに再建していくのかといふ問ひに向き合はれた。明治天皇が示された五箇条の御誓文を引用されてゐるところに注目したい。新しい国を築かうといふときに際し、未来へ進むために源流へ立ち返る連続性が示されてゐる。変化を受け入れられるために、変はらないものを確かめられ、敗戦のなかでも、連綿と続く日本の精神性を守らうとされる強い御意志と国民とともに未来を願はれる祈り。その祈りが、「新日本建設」といふ名称の奥にこめられてゐるやうに感じられる。
にも拘らず「人間宣言」といふ呼称は、その全体像を覆ひ隠してしまふ面もあるやうに思はれる。確かに歴史においてはかうしたことが少なくない。長い演説や文書があったとしても、後世の人々はそのなかの最も象徴的な一節だけを記憶し、言葉だけが独り歩きする。その結果、文書そのものが語らうとしてゐた内容と、後世が記憶してゐる内容との間にずれが生じてしまふ。
当時の国際情勢や占領政策を考へれば、天皇の神格性に関する部分が大きな意味を持つことは仕方がないのかもしれない。だが、それだけでは語り尽くせないものも確かに存在する。敗戦してもなほ、この国がこの国であり続けるために何を拠り所とし、立ち直るのか。この文章の底流にはそんな我々に対する問ひが滲み出てゐるやうに思へてならない。
戦前と戦後では人々の暮らしも価値観も大きく変化した。それでもなほ、神社にお詣りされる方は絶えない。きっと神道には日本人の本質が残ってゐるからなのだらう。神前に手を合はせると、どこか懐かしい気持ちになると仰る方も多い。
それは個人の記憶といふより、古からの記憶に繋がるといふのか、自分を超えたものへの畏敬や、人間だけが世界の中心ではないといふ感覚をいただくことができるからだらうか。何百年も前の人々もまた、神社で手を合はせ、祭りを重ねてきた。そこには説明よりも経験と実績がある。どんなに時代が変はらうとも、変はらない景色に出逢へる。そこに身を置くことで、天地を繋ぐ一本の軸を感じられると信じてゐる。
溢れる情報が交叉する今にあっても、未来の子供たちへ、一人の親として神職として、本質を伝へられる人間でありたいと強く思ふ。
(歌手、兵庫・小野八幡神社権禰宜)
オピニオン 一覧