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杜に想ふ 雷さま 神崎宣武

令和8年05月18日付 5面

 今春は、初夏を思はせる日があり、雷雨注意報がでたりもしてゐる。が、雷は、夏の季語。それも晩夏の季語である。
 「雷ゴロゴロ」といふ言葉が伝はる。
 遠くでゴロゴロとなる雷ばかりではない。ピカッと光ってドカーン。さうした稲妻は、恐怖をつのらせることにもなった。そこで口をついて出た言葉が、「くはばら くはばら」であった。
 「くはばら」の語源については諸説あるが、雷はクハの木を嫌って桑原には落ちない、とするところが共通する。
イヤとどろ とどろと鳴る神も ここは桑原 よも落ちじ よも落ちじ
 狂言の小唄で、雷神として讚へ、落雷を避けようとするまじなひ句である。
 雷神を崇めての民間伝承もある。一般には農業神であったり、漁業神であったり、風神や天神と複合したりして伝へられてきた。
 たとへば、「雷獲り」といふ言葉が、広く分布してゐた。天竜川の河口あたり(静岡県)では、「ハシリの雷獲り」といふ。ハシリとは、ボラの二歳魚のこと。夏、雷が鳴ってドシャ降りの夜にはハシリが水面を跳びはねるので、そこに投網を打てば大量に獲ることができたのだ。また、西津軽の沿岸部(青森県)のあたりでは、「雷が鳴るとハタハタが獲れる」、と伝へてきた。ちなみに、ハタハタは「鱩」とも表記するのである。
 雷神を祭神として祀ってゐる神社もある。たとへば、北野天満宮(京都府)・鹿島神宮(茨城県)・鹽竈神社(宮城県)など。多くが境内社での祭神としてであるが、雷神を主祭神とするところもある。主祭神は、火雷大神・大雷大神・別雷大神。関東各地、とくに利根川流域に分布する雷電神社がさうである。
 江戸後期に活躍した力士、雷電為右衛門の四股名も、それにちなんでゐる。為右衛門の出生地は信州の大石村(現、東御市)だが、雷電伝説は近隣各所で伝へられてゐる。
 雷神といへば、多くの人が鬼面で蓬髪、半裸姿で手に撥を持つ姿を描くのではないか。それは、尾形光琳の「風神雷神図屏風」(江戸期、十八世紀初頭)がよく知られるところである。
 ただ、元からさうした鬼姿だったかどうか。『日本書紀』(奈良時代、八世紀)や『日本霊異記』(平安初期、九世紀)に書かれてゐる鬼面は、さうではない。それが、鎌倉時代・十三世紀の「北野天神縁起」に描かれてゐる雷神図となると、私たちが思ひ描く姿とほぼ同様の図柄となってくるのである。その頃から、鬼が人間に近い存在になったのであらう。
 「雷さまがへそ(臍)を取りに来る」、といふ言葉も広く伝はってゐた。そこで生じたのが、金太郎風の腹掛けとか。それも、もう見なくなって久しい。
 日本列島は、雷の多発地帯だといふ。雷を恐れながらもなじんできた文化。それを懐かしむのも、私たち「雷おやぢ」世代だけ、となったやうである。
(民俗学者、岡山・宇佐八幡神社宮司)

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